なるがままにされよう

このGブログも今年2周年だそうです。中身はありませんので悪しからず。

8月15日終戦記念日に考える『死の現場』について

なるがです。

 

  今から74年前、昭和20年8月15日太平洋戦争が終結、日本の敗戦。これにより第二次世界大戦における全ての戦闘自体が終わった。この第二次世界大戦ではアジアが舞台の太平洋戦線、ヨーロッパ戦線も含めると未曾有の大戦争であり、とてつもない多くの人間が死んだ。この8月15日という日は日本が敗戦した日でもあり、世界戦争の完全な終戦日とも言える。

しかし15日以降にも戦闘の記録はある。沖縄や最期の特攻、少し特殊だが前回でも触れた南方での作戦を展開していた小野田少尉などである。彼らはただ命令に忠実なだけで、落とさなくても良い命を落としたのだ。

 

  今日の平和な時代、否、紛争は今でも世界各地で起きているが、戦後74年、日本は間違いなく平和な時代を送っていると言えよう。終戦直後の焦土と化したあの日本を見れば、現在の復興はまさに奇跡だ。しかし主要都市を全て焼き払われたあの惨状を、何十万という人が死んだ事実を、僕たちは本当に理解しているのであろうか。軍民合わせて310万人もの人がこの戦争で死んだのだが、9割が戦争末期に集中して亡くなっているのだ。死ななくても良い命がそれまでにたくさんあったのだ。

『あの戦争はいったい何だったのか?』この問いは未だに問われ続け終わりを迎えていない。

  そもそも何だったのかと問う事は意味のある事なのかと思ってしまう。この戦争は複雑過ぎて答えなぞ出てこない。この問い自体があまりにも綺麗事に聞こえるのだ。そもそも戦争を実際に体験していない自分たちは、戦争とはどんなものか、どれだけ悲惨なものなのかを絶対に知る事は出来ない。絶対にだ。これが決定的な違いだろう。戦争を直接味わった彼らはどれだけ痛みに苦しみながら、恐怖の中で無念に死んでいったのか。それこそ『この戦争はいったい何だったのか』と考えたに違いない。

 

  では、この戦争はいったい何だったのか?

8月15日前後には関連する番組や催しなどが増える。これはとても良い事だと思う。過去の出来事を知り、自分の目で見て平和の大切さを改めて知る。自分から興味を持つ、知る、考えるという事は大変有意義なことであり、戦争を知る上で欠かせない作業である。僕は歴史評論家でもないし、大学教授や研究員でもない。ただ興味があるというだけの人間である。

  その時何があったのか。今の時代、調べればそれを知る事は容易い。求めずとも情報は色んなところから入ってくる。しかしそれ以上の事を僕は知って貰いたいのだ。それ以上の事、つまり、テレビなどでは知る事が出来ない本当の話、実際に体験してきた人達の証言を、もっと聴いて貰いたい、知って貰いたい。

  大まかな局面のみを知るだけでは、この戦争の本質は理解出来ないし、知っているとは到底言えない。僕自身今でも貪欲に色んな事を調べている。

 

  話は逸れるが、祖父についてまた新たな情報を得た。

千葉連隊時代から牡丹江とずっと一緒だった戦友が居たとの事。

  昭和20年3月パラワン島へ米軍の上陸開始が始まった時(記録ではパラワン島上陸は2月28日)撤退するにあたり、「もし生き延びられたらここで落ち合おう」と言い合い砲爆の中を散り散りに逃げたという。

しかし祖父はその合流地点には結局現れなかった。

戦後、戦友は生きて帰還。その戦友から、もしかしたら内地の人になってるかもしれないと手紙が祖母の元に届いた。そして祖母がその戦友に会いに行き直接話を聞いてきたという事だ。すごく残念がっていたそうだ。

しかしその後すぐその戦友は亡くなり、連絡も取らなくなり名前すら分からなくなったとの事。戦後にあった大火により、祖父の写真や手紙やらいろんなものが焼失してしまったのだ。何という不幸に見舞われたのだろうか。これがなければ祖父に関する情報はもっとあったと思うと残念で仕方がない。

  しかしその状況を想像してみる事が出来た。まるでドラマのワンシーンのようだ。きっと必死にジャングルの中を走っていたに違いない。生きて日本に帰りたい、生きて戦友と会いたい、ただそれだけを考えていたと思う。

という事は死ぬまでは元気で行動する事が出来ていたという事も考えられる。

  僕の調べた内容(行軍中にマラリア脚気により病死)とは全く違う情報だが、今回聞いたこれもまたかなり真実味を帯びている内容だ。何と言っても祖父本人と直接接点のある人物からの情報である。

 

  だいぶ話が逸れてしまったが、どこまで話したっけ……。

 

つまり、戦争の本当の話を聴いて欲しいということだ。

  戦争とは一言で言うと『死の現場』である。一言にまとめるにはだいぶ横暴だと思うが、多種多様な『死の現場』を知る事は戦争を理解する重要な事項であるのは間違いない。

  戦争の時代を、過去を振り返るのと同時に『死の現場』も知らなければ、平和の願いも誓いも薄っぺらいものになってはいないだろうか。

 人がどうやって死んでいったか。

銃で撃たれて死んだ者、爆撃で内臓や脳味噌をぶちまけて死んだ者、火炎放射器で焼き殺された者、ジャングルでただ何も出来ず餓死していった者、発狂して死んだ者、空襲による火災に巻き込まれ苦しみながら死んだ者、原爆という殺戮兵器により一瞬で蒸発、ドロドロに流れる皮膚、地獄のような光景…。

少し視点は違えども、自決、自殺、特攻、玉砕これらもまた死の現場である。自らが進んで死に行く心境、彼らは死ぬ瞬間に何を思ったのであろうか。平和な、戦争のない時代になって欲しいと願ったのであろうか。バンザイと叫びながら突撃していった彼らは、死ぬと覚悟して走り出した瞬間は、どんな気持ちだったのだろうか。生き残りの証言者に当時の現場を聞くと、殆どの方が涙を流される。本当にひどい、辛い記憶がよみがえるのだろう。それらは絶対に僕らには分からない事なのである。

すなわち、ここに全ての答えが詰まっているのである。戦争は絶対にしてはいけないと皆さん仰られる。人が死ぬ事、そして理不尽に死んで行ったこと。人間が人間でなくなる、数え切れない死の現場を見てきた彼らがただ一つ思うこと、それは『もう人が死ぬのを見たくない』事なのではないか。彼らの証言を見たり聞いたりしているとそう思うのである。すごくシンプルである。

だから僕は『死の現場』についてもっと考え、知る必要があるし、そこから学べることも沢山あるのだ。人によって戦争への理解の仕方、平和を願う気持ちは違う。それはそれで良いのだ。

  ただ僕は、死んでいった全ての人たちの本当の声を聞いてみたい。彼らが何を思って、伝えたかったのか、『死の現場』から分かるような気がするのだ。

  これは日本だけではない。ヨーロッパでも沢山の『死の現場』があった。ガス室の代名詞とも言えるアウシュビッツスターリングラード攻防戦など。この第二次世界大戦では5000万から8000万の人が死んだという。その中でもソビエトがダントツで多く、2600万人というとんでもない数である。多過ぎてピンとこない数値だ。

  戦争があったのは日本だけではない。8月15日は世界の全ての戦闘が終わった日でもあるのだ。しかし戦争の舞台となり、被害を受けた国や民間人たちの犠牲も忘れてはならない。

  平和を知るために戦争を知る。戦争の死の現場に目を向けて、初めて戦争を知り、平和を知るのである。

 

 

  

  

 

  

  

ハイウェイスター 高速道路の星

なるがです。

 

  毎日毎日やばい暑さですね。外に出て1時間以上はいられません。外で働く現場の人たちには本当に頭が下がります。この暑さで作業とか無理です。管理職の人はしっかりと熱中症対策をお願い致します。

 

  さて、今日からお盆休みに入り、明日から車で帰省する予定だったのですが、思わぬトラブルが発覚したところなのであります。

なんとラジエーターのパイプ割れから冷却水漏れでこのまま高速、長距離を走れば間違いなくオーバーヒートする! との事。ここから高速道路で5時間の距離なんですが、車屋さんはやめた方がいいとバッサリ。

  ウチの車は2007年セレナ君 ハイウェイスターです。このC25系はラジエーターが弱点で故障が頻発、リコール対象のクルマだったとです!

しかし時すでに遅し、9年の保証期間があったのですがとうの昔に終わってしまってます。修理代の見積もり8万3千円でした…。

 

  でも走り出す寸前で気づいたのはまさに奇跡かもしれません。オーバーヒートしてエンジンブローともなれば修理代はウン十万だろうし、高速走行中にモクモク〜!なんて事もある訳で事故を起こす可能性だって大いにあるのです。そんなことになったらお盆の帰省渋滞のスター間違い無しなのであります。

 

  高速道路の星。モクモクと煙を吐いて走る様はまさしくハイウェイスター、高速道路の流れ星になる所でした。夜中に出発する予定だったので、まぁ火は吹かないと思いますが、吹いていたら赤い火が灯り、これまた高速道路の星になってたかもしれません。さしずめ、あの星はアンタレスか? と言ったところでしょうか。

 

  高速での故障車有りの表示の殆どはこのオーバーヒートらしいです。クルマ屋さんが言うにはですよ。

道路の真ん中で立ち往生なんかしたら、ただでさえこの時期ドライバーは渋滞でイライラしてるのに、怖くてもう目が合わせられません。考えただけでもゾッとする。スンマヘン!スンマヘン!スンマヘン!と永遠に通り過ぎる車に頭を下げている事でしょう。

 

  車のメンテナンス、走行前点検は運転者の義務です。難しい事は分からなくても、知っておかなければならない部分はあります。オイル交換の時期やタイヤの空気圧など。こんなのはシロートでも出来ますし、気にかけておかなければならない部分です。確実に行いましょう。いやまじで。

 

  僕も結構放ったらかしなんですが、このタイミングで欠陥が判明したのは奇跡的です。きっと誰かが守ってくれたのかもしれません。お盆も近い事だし帰って来てるのでしょうか。

 

  ともかくこれでクルマは使えなくなったので、電車で帰省する事に。この時期にも関わらず運良く特急列車の指定席をゲット!です。嫁さんがクルマ無理!と分かった瞬間にスマホで鬼の様な検索を開始していました。子供らは普段電車に乗らないので嬉しすぎて発狂気味です。これはこれで良かったのかもしれません。

 

  僕に限らず、同じ様な例は枚挙に暇がありません。もうオシャカになってから運び込まれてくるそうです。トラブルになる前にクルマの点検をしっかりとして、安全に確実に目的地まで辿り着けるようにしたいものです。

  お盆渋滞で故障、立ち往生は最悪です。道路の電光掲示板にテカテカと存在を表示され、SAやPAで拡散されまくって、ライブ会場では通り過ぎる車から散々応援を受けて、注目されまくりとなるでしょう。

それでも万が一運悪くそうなってしまったら、道の真ん中でディープパープルのあの曲を流しておけば大丈夫です。その際アイムアハイウェイスター!を連呼してください。

 

選挙に見る日本人の生き方と二人の帰還兵

なるがです。 

 

  先日行われた(もう先日でもないか)参議院選挙の投票率は48.8%、過去2番目の低さでした。雨や台風などでの災害も重なり投票出来なかった事も関係していますが、半分以上が棄権しているという事実は結構やばくないですかね。今回も投票に行きましたが、結局身内、関係者だけの選挙という事ですか。

  行かなかった人たちは何も期待してないか、考えるのが面倒なんですかね。盛り上がっているのは身内と関係者だけ。僕の一票はカスみたいなものだったという事です。何となくそんな風に感じます。

  でも棄権した人たち全員が投票に行っていたらもっと面白くなってたと思うのです。

 

  2016年から18歳選挙権が導入されましたが、今回10代は約3割しか投票に行っていません。まぁ、殆どの10代は政治なぞ関心はないでしょう!  今が一番楽しい、遊びたい、ヤリたい盛り(野球とか)の年代です。

遊ぶ事に忙しいので頭の中は政治のセの字もないはずです。僕も若い頃は平和ボケの塊の様でしたから、なーんも考えず毎日遊び呆けていました。

どこか別の世界の事の様に感じてたくらいですから呑気にも程がある(笑)

 

  しかしテレビでは政治家の不正や不倫、パワハラ、不用意な発言と居眠りしかやっていません。そんな政治家は辞めてまえ!となるのですが、結局僕らが考えることはそこまでで、あの人最低いらんわーで終わりです。

お父さんもお母さんもみんな忙しい。毎日を生きるのに精一杯です。だから議員がいて代わりに私達の声を聞いてくれるのですよね。

その議員が、例えばおっぱい揉みたいとか、お前死ねよとか、1500円ですとか、2千万作れなかったらやばいとか言ってるならもう何も期待しません。ちーがーうーだーろーー!毎日を必死で生きている人たちにとってのそれは侮辱です。本当に国民の事を思って真剣にやってくれてるの?

 

  テレビの報道はいつもそんなものばかり、毎日の様にそんなもの見せられて、選挙に行ってもどうせロクなもんにならないと思ってしまうのも無理はありません。正直なところ、用紙を投票箱に入れる瞬間は驚くほど無心です。僕はいったい何をしているんだろう?投票所を出てからは自分の冷たさに気が付いて次の感情を求める。。。

 

  だけど、なんやかんやと言ってる割りには普通に生活しているし、消費税が上がっても、物価が値上がりしても、国民は最初だけ文句を言いますが、その後は飼い慣らされたように大人しくなってます。僕がそうなんですが。

 とんでもない不正が発覚しても、巨額の税金無駄遣いによる国民の怒りも、喉元過ぎれば熱さを忘れる様に、気づけばいつもの生活に戻ってしまう。国民の半分は考える事を止めてしまっているのです。対岸の火事、どこか遠い国の出来事の様に。

そんな気がしてなりません。

まぁ、僕がそうなんですが。

 

 

話は変わりますが、

1974年(昭和49年)フィリピン・ルバング島より一人の日本兵が帰還しました。実に終戦から29年後の事です。

 

『恥ずかしながら帰って参りました…』の横井庄一伍長ではありません。彼は一足先の1972年にグァム島で発見され帰国しました。

立て続けに起きたこの帰還劇は、平和に慣れてきていた当時の日本人たちに戦争ということの記憶を蘇らせ、気を引き締める考えさせられる出来事でもありました。

 

小野田寛郎 少尉(当時52歳)

  横井さんと違うのは、彼は司令部命令によってひたすら任務の遂行、ゲリラとして抗戦を続けていたという事です。その後(いろいろ中略:これが中々面白い)日本の敗戦を知りつつも、任務解除の命令が無ければ帰らないという事で、当時の上官である谷口義美少佐からの任務解除通達によってようやく降伏、終戦、帰国となったのです。

何という軍人精神。

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  彼のことは大人になり随分経ってから知ったのですが、報道陣の前に表れた映像を見た時かなりの衝撃を受けました。これは現在でもYouTubeで見る事が出来ます。

ビシッと伸びた背すじ、キレッキレの敬礼と隙のない鋭い眼光。周りのわいわい空気感とは明らかに違うものを出しており、これが本物の軍人なのか!と思いました。

さぞかし疲労困憊かと思えばそんなものは微塵も無く、痩せてはいますがその凛とした佇まいからは現役の将校そのものと言える風格と威厳が感じられました。

 

しかし小野田さんは帰国して半年でブラジルへ移住します。浦島太郎よろしく、何もかも変わってしまった現代の日本の中では生き辛かったのです。

 逆に横井さんは生活に馴染み、帰国の2年後には参議院選に出馬する程活動的でした。

他にはジャングルでの経験を元に執筆、サバイバルのノウハウを教える等、精力的に取り組んでおられました。

  一方、小野田さんはブラジルに渡り牧場を立ち上げ、10年で軌道に乗り成功します。日本を離れてからは顔が本当に楽しそうで、表情が実にいきいきとしているのです。

 

 彼はそれ以前の自分の顔を、「あれは人間の顔じゃない、ケダモノだ」と言い放っています。30年もの間、ルバング島民たちにプレッシャーをかけ続け人命をも奪っていた事実は、その後を生きてきた彼の中で自戒をこめて言った言葉なんだろうと思います。

 

『私は戦場での30年、生きる意味を真剣に考えた。  戦前、人々は命を惜しむなと教えられ、死を覚悟して生きた。  戦後、日本人は何かを命がけでやることを否定してしまった。覚悟をしないで生きられる時代はいい時代である。だが、死を意識しない事で、日本人は生きることをおろそかにしてしまってはいないだろうか。』

 横井さんも亡くなられる前にこんな事を言っています。

『帰って来るんじゃ無かった。贅沢に慣れ過ぎた日本人、どこか間違っとりゃせんか』

 

現代の価値観と比較しても仕方ないのですが、人間として大切なことを教えてくれているように思えるのです。極限の生活を長い間続けてきた彼らだからこそ、否、彼らしか体験でき得なかった真実の様なものを伝えたかったのでは、と思います。

 

 小野田さんは1984年、過去の経験から「小野田自然塾」を立ち上げ、子供達に生きることの意味を伝えている。

『子供たちに願うのは、人間がたった一人で生きる辛さ、怖さ、弱さ、友達と一緒にいる喜び、生きる意志の大切さを知ってもらうことだ。人間は一人では生きていけないのだから。』

 

  横井さんは82歳で、小野田さんは91歳でこの世を去りました。

この二人が、30年というとてつもない時間と青春を費やし自分と向き合ってきた事実、そこから紡ぎ出される言葉には大変貴重なものが隠されていると捉えます。

 

すなわち『自分で考える事』が大切だ、という事なのではないかと思うのです。

 

 生きるスキルをつけろ、サバイバルしろと言っているのではなく、この平和な時代においても考える事を止めてはいけない、何でも任せっきりにしてはいけない、と言っているのです。そういうことですよねお二人さん?

 

 選挙における投票という行為が、私達が全体として考えることが出来る、行動することが出来るひとつの手段であり、『自分で考えた』集合体として現れるものならば、これはやはりおろそかにしてはいけない事だと思うのです。

 昔の僕のようにやってもやらなくても一緒、などと思う事は考える事を放棄している、人任せの無責任な行動なのだと自覚しなければいけません。

 

 今の若い人達や僕ら世代でも、この二人の帰還兵の存在を知っている人は少ないでしょう。ただ帰ってきただけの人ですが極限を生き抜いてきた二人です。この二人から学べない事などあるのでしょうか。僕はそう思います。

自分で考える。考える事を止めない。行動する。

Pナントカサイクルをまわすことに似ていますね。

 

まとめ

だから、選挙いこう。

 

 

 

およげたいやきくんは現代のおっさんそのものか

なるがです。

 

  まいにちまいにちぼくらは鉄板のぉ〜〜上で焼かれて嫌になっちゃうよ〜🎵

 

  おっさん世代なら誰もが知っているこの記憶に残る子門真人の歌声とメロディと歌詞。泣く子も黙る「およげたいやきくん」ですね。

  この歌は当時4歳か5歳頃でしたか、めちゃくちゃ切ねえ歌だなと子供心に思ったものです。

 

  そして40年後、僕を含むおっさん達は正にたいやきくんだ。大半の中高年サラリーマンはこの歌に共感する、もしくは自分と重ね合わせる事があるのではないでしょうか。

 

これは今に始まった事ではなく、発売当初からサラリーマンの気持ちを代弁している歌との評価もありました。

しかし! まさかたいやきくんの気持ちを身を以て知る事になろうとは思いもよりませんでした。

 

  上司とケンカして、会社を辞め、今まで知らなかった自由を知り、世界を知り、脱サラ起業だ!社畜から卒業だ!と思うのもつかの間、次第に歯車が噛み合わなくなり、お金も底をつき、エビすら食べれなくなり、ついにサラ金に手を出し、最後は自滅してしまう……。

 

  僕は幸い?まだ歌い出しの部分にいます(笑)

まいにちまいにち18時間もの時間を仕事に費やしてマジで嫌になる。帰って寝るだけの日々。最近本当に疲れている。睡眠も4時間くらいで、目玉もクルクル回っちゃう〜とはこの事かいな!と笑っていました。昨日は部長からの無茶な要求に本気で会社辞めようかと思いました。←今ここ

 

  それに加えて職場のいざこざの処理、仕事を覚える気のないやる気のない部下、次から次へと増え続ける終わりが見えない仕事、休憩は8時間後、昼飯は夕方、帰りは深夜、一人晩飯チーンからの、即寝、メタボまっしぐら。

  こんなところで愚痴っても仕方ないけど、現代の中間管理職はこんな感じでみんな病んでいるのでは? そして追い打ちをかけるように45歳以上のおっさんはリストラ対象が進んでいるという。

なんか頑張っても報われないんだなと思うと、飛び抜けて有能でもない限り企業からは見放されるということか〜。なんだ無能かと思われたら終わりだ!

  だからと言ってヤケを起こしたりはしませんよ。安心してください、生きますよ。

  だけど自分もいつか死刑宣告される時が来るのでしょう。そうなる前に備えは今からでもしておかねばいけませんね。

 

  嗚呼、おっさんて生き物はなんかもう切ねえなー。家族の事しかり、会社の事、親の事、考える事が山ほどある。パタパタママも「アンタにはかなわんわ」と言いそう。

この年代の良いところも確かにあるんだけど、今の生活からは正気は生まれて来そうもない。良い様に使われて食べられるたいやきくんみたいにはなりたくない。

 

  働き方改革は最低だ。管理職はサービス残業が増えただけじゃねーか。有給も取れないから半休を10回取って5回休んだ事にすると言う管理職もいる。正気か。

だけどこれが今の現実です。この流れに乗るにはこうでもしないとついていけないのです。見せかけの働き方改革。残業代泥棒のしわ寄せを食らっている感じもします。大体罰則を設けたくらいで改善なぞするわけがない。罰則を避ける様になるだけです。上司達はこの状況を知ってるくせに本気で出来ていると思っているのですかね。聞いてみたい。暗黙の了解なら相当のクズです。

  昇進をエサに、やる気を見てみたいだと?現場に入る訳でもなく、メールのやり取りだけで一体この僕の何が分かるというのだろう⁈ムキーッ!

声だけで騙すオレオレ詐欺より悪質だ。

やり甲斐詐欺。

まんまと引っかかっているのですがね。

 

 

 

 

 

 

ポール・マッカートニーのベースプレイ

なるがです。

 

  ザ・ビートルズのベーシストと言えば、皆さんご存知のようにポール・マッカートニーですね。

  今回はポールのベースプレイについて、まぁ出尽くした感はあるのですが、それでも僕の思うところを挙げてみたいと思います!

 

いつもの事ですが、突然このような記事をぶち込んだりしてすみません……恐ろしくまとまりのないブログですよね。

 

  さて、気を取り直して行きます。

  まずはこのポールという男、何をやらせても凄いオールラウンドプレイヤーなのです。

ベースはもちろん、ギター、ピアノ、ドラム、その他いろいろ、演奏テクもピカイチ。

女性ウケする甘いマスクとすらっとスマートな体型、ボーカルは甘い声から野太い声、シャウトまでいろんなタイプの声を使い分け、

そしてズバ抜けた作曲能力と、これまたズバ抜けたメロディセンス。

そしてそれらを歌いながら演奏までこなしてしまう。

頭の中はいったいどんな風に処理されているんだろうかと思ってしまいます。

ポール・マッカートニーとはどこにも弱点が見当たらない完璧超人なのであります。

 

  ソロになってからもこれらの才能は遺憾無く発揮されており、名曲を何発も生み出しております。おじいちゃんになった今はもはや神の領域に達してますよね。

 

  そんなポールのベースプレイですが、シンプルながら味が濃い目です。かと思えば薄味なものからガツンとスパイスの効いたものまで多彩なプレイを聴かせてくれます。

僕的には昆布と鰹、またはコンソメのような旨み成分プレイが多いように感じます。

基本的にルート音ドドドドではなく、派手ではないけどよく動いています。

 

  良く言われるのが、ジョージ・ハリスン作曲の時はアホほど動きまくっている、というものですよね。確かにこれは当たっています。有名どころでは、

 

サムシング(鉄板)

タックスマン

オールドブラウンシュー

サボイトラッフルなどなど…

 

 

サムシング

  ジョージ渾身のバラード超名曲です。ベースは動きまくっているのに全く嫌味がなく、むしろ曲を引き立てている(僕の所感)

印象に残るテンテテテテテンがこの曲におけるベースの最大の聴きどころですね。(分かる人は分かってくれるはず)しかも存在感が半端ない。ジョージのボーカルの一瞬のスキを突いてそのフレーズをねじ込むセンス!たかだか6個の音が、その場所において半端ない存在感を醸し出しており、曲全体のイメージまでも支配してしまいそうです。作曲者のジョージがムキーッ!となっていたんじゃないかと思われます。

もし僕ならせいぜい3音で済ましていると思います。

  その6個の音ですが、テテテじゃなく、テンテテなのが旨み成分なのです。実際弾いてみるとポールのような旨みが出せないのです。ビミョーにハネてるというか、だけどボリュームも感じながら流れるように下降していく。

なんて事ないフレーズですが、僕が弾くと昆布を入れないで鰹節だけでとった出汁のようになるんですよ。

何言ってるか良く分からないですよね。分かってくれる人いるかな。

 

あと、ポールのライブでジョージを思って歌うウクレレ弾き語りサムシングも中々にアツイもんがありますね。その場で聴いたら絶対感動するだろなぁ。

あのウクレレはジョージの形見だそうです。アツイですね。

 

タックスマン

ワン〜ツー〜スリー〜フォー〜オッホン!ワン〜ツー…

と、イントロにオッサン(誰?)の咳をそのまま残して使うという斬新さ。あの絶妙な咳払いは神がかっている。もし、ゴホンゴホン!とかハクショーン!とかだったら採用されなかったでしょう。

その後すぐベースとドラムの重たいズシンとくる、バスドラとリエするベース音がめちゃくちゃ格好いい。

ギターD7のカッティングに♯9の響きが入って来るのはジョージ天性のセンス。これはポールには感じられないもので、タックスマンの格好良さはこの音にあり!と思います。

ところがです、ベースでまたやらかしてくれるのですよポールは。なんなんだあのフレーズは!オクターブと5度がメインなだけのフレーズなのに、やってみると超ムズイ!できない!しかも速い!まるで旨み成分のカタマリのようなフレーズである!しかもあの場面であのフレーズ。ヘンタイ的な動きなのに、実に曲にハマっている、否、曲を食ってる!

度肝を抜かれるとはこの事を言うのですね。でもこれは録音して早送り編集したものらしいとの事です。

  コーラスのハモリもキレイで斬新で格好いい。そして続くギターソロはジョージではなくポールが弾いています。これもヘンタイフレーズなのに曲にびしィとハマっているという。ポール恐るべし。ジョージ、ムキ〜ッ!

でも曲の後半めちゃくちゃ飽きるのは何故なんだろう。とにかく飽きるんですよ。

 

オールドブラウンシュー

  この曲もポール、動きまくりです。僕が思うに、ポールが動きまくるのはジョージの曲が凄く良いからなのではないかと。良すぎてアイデアが溢れてくる、そんな感じ?確かにジョージの曲ってビートルの中でも音使いが違うと言うか独特なものを感じません?

  しかしこの曲の功労者は間違いなくリンゴでしょう(リンゴかい)ビートルズの曲では珍しい裏を強調したリズムのシャッフルを延々と刻んでいます。これは結構大変です。確実にフテ猫の表情をしてますね。

  しかしリンゴのドラミングはめちゃくちゃ味があって、曲ごとに本当に寄り添うようにハマっているものが多い。

  そんな土台があって、またポールはやらかしてくれます。なんなんあのフレーズ。弾けねぇ!

で、またその場所でそのフレーズ使う?アピールしまくり、インパクトありすぎに思えるんですが。もう発想がさすがとしか言いようが無いです。

 

ここまで書いてまだジョンが出て来てないですね。

 

ワンアフター909

  コレはジョージの曲ではなくて、個人的に好きな曲なんですが、全員がとても良い演奏をしているのです。あのルーフトップコンサートの映像のやつです。

ハモンドオルガンも曲にめちゃくちゃハマってるし、ジョンとポールのボーカル、リンゴのシンプルだけど小技を感じるドラム、そして何と言ってもジョージのギターでしょう!まずイントロのリフが、たったあれだけなのによくあんなの思い付くな!と。そしてギターソロ。まるで水を得た魚みたいにイキイキしてます!まじでよくあんなフレーズ思い付くな! 子供の頃ポンキッキで聞いたフレーズはコレだったのか!と思ったもんです。

ポールのベースがブイブイ言ってます。聴きどころはジョージのソロ中。あのドライブ感を手癖で出しているところに驚愕です。

 

そうです、ポールのベースは手癖による味が良い感じを出しているのです。レフティというのもあるかもしれませんが、音を切ったり伸ばしたり、押したり、離したり、横に動いたり、滑らしたりなどを多用し、曲のその時の雰囲気でほぼ感覚的にプレイしているように思えるのです。あとはピック弾き。その左手の動きにも指弾きにはないフレーズを生み出すものがあるのだと思います。

ポールのベースは簡単そうでも、あのノリやうねりを出すのは超難しいです。

 

 

イッツオールトゥーマッチ

  出ました。ジョージのポールに対する反撃です。何とこの曲ではポールはほぼ同じ音しか弾いていません!ジョージの曲なのにです。否、弾かせてもらえないと言った方がいい。

 

この曲のコードはGとCの2つしかなく、尚且つCはon Gなのでベースは延々と G音を弾くしかない、ということなのです。これにはさすがのポールもムキーッ!キキーッ!となるでしょう。

曲中のベースを聴いているとポールの悪あがきプレイを所々で聴くことが出来ます。しかしこの曲にはベースが入り込むスキがまったくありません!なので致命傷には至ってません。ジョージ、うまくハメたな〜さすが!

 

  リンゴもいいドラム叩いてます。ジョージもリンゴも実にイキイキとしたハジけたプレイをしてます。ただポールを除いては。 

リンゴはホワイトアルバムでポールにいじめられ、ジョージは自分の曲中でポールに美味しいところを持っていかれ、2人ともストレスが溜まっていたのでしょう。

リンゴ「ザマねぇな、ポール」

ジョージ「ホントにダセェ。なんなんあれ」

(完全な妄想)

 

 それはそれでいいとして、ジョージはセンスあるわ〜サイケな感じが爆発してます。これはLSDの体験をもとにしてるそうです。

 

 まだまだたくさん良いプレイはあるのですが、疲れて来たのでここらでやめることにします。

あー疲れた。

 

そういえば、結局最後までジョンが出て来なかったな……。

 

 

何事もほどほどが一番なのです

なるがです。

 

  ジメジメとした梅雨と共にベタベタするカラダとジワジワくる暑さがウザったく、イライラしながらブツブツ言いたくなるムキムキとした、言わばドムドムな季節ですね。

  3月の終わりに、ここ我が家にやって来たツバメさん達も先月、無事に南方へと巣立って行かれました。厳しい訓練も乗り越えて、皆さん立派なツバメに成長されました。ちゅんちゅんと賑やかだった巣も今はがらんとして静まり帰っており、巣を見上げるたびに何となく淋しい気持ちになります。まるで特攻に出撃していった隊員達を思うかのごとくですね。見送った訳ではないのですが。ただ違う所は、フッ…またここに帰って来いよ…と言えるところですか。

と思ったら、どうやらまだその辺をウロウロしてるみたいです。何でそのツバメと分かるのかと言いますと、カンです、カン(意味不明)

 

  最近は本当にやる事考える事がが多くて嫌になります。あー嫌だ、もー嫌んなる。もちろんプライベートではなく仕事です。ぷれいんぐまねじゃーとやら横文字は言い方がカッコいいだけで早い話がワンオペです。権限がめちゃくちゃ増えたけど、要らないものまで付けて来るなと言いたい。それはおたくらの仕事でしょうが。権限なぞ言い方が立派なだけで早い話丸投げという事です。ハイ、丸投げ一丁上がり!

  ウチでは今年の4月から働き方改革とやらがスクっと立ち上がり、何を思ったか急に何処かへ歩き出しました。おーい!どこ行くねん!誰も捕まえられません。てか捕まえる人もいないんですが。ワンオペ中ですから。

  現場でない部署ではキッチリ定時で上がり、毎日のように飲みに行ってると噂で聞きました。羨ましい限りですキーッ!定時が待ちきれなくて時間前にソワソワしてると言うのですから全く呑気にも程があります。

 

  しっかし仕事が終わらねー。ほぼ毎日終電近くになるのは何故なんだ! 答えろ!神崎!

時間管理マトリックス、タスク管理、優先するべき仕事などは当然理解してやっているのですが、まだツメが甘いんでしょうねー。どうしたら早く帰れるんだろうか。全くこれからの先が見えない。ピーターの法則で言えば、無能で埋め尽くされた状態なのでしょう。

次から次へとやって来る仕事。現場の仕事をやりながらマネジメント業務を定時で終わらせろと?今まで2人でやって何とか回っていたのに、昇格おめでとう!権限あげるから今度から1人でやってねとは無茶振りがひどい。そしてまるで追い討ちをかけるかの様な働き方改革。無理だー。サビ残がめちゃくちゃ増えてる…内緒なんだけど。何たって罰則が加えられるんだから会社に迷惑はかけられないし。僕も報告書なんぞ書きたくもないし。

 

  この改革が始まって僕と同じ様に悩んでる人はいっぱいいるんじゃないですかね?これもやがて問題になって来るんではないかと心配にもなります。

となると、必殺の手抜き仕事を極めなければ確実に、死ぬ!(笑)

  僕は仕事の出来る実力ある人間ではないから、こうして底辺で働くしかないんですよね。若い時から努力してこなかったツケなんです、きっと。だから若い人達は今しっかり努力して、歳だけ食ったおっさんにならない様にいっぱい経験を積んで実力を付けておく事です。好きな事だけしていれば……それもいいかも知れません。その結果どうなるのか統計を取って見てみたいですね。

 

  今の生活は家族と会って会話出来るのは朝の40分くらい。子供らの寝顔しか見てない時もあります。たまに来るおじさん状態です。確か転勤は断ったハズなんですがね。

家族との時間を作りたくて転職したはずなのに、また元の生活に戻ってしまった。なんだこれ(笑)

  

 でも、辞めようとは思いません。この歳で辞めたら僕みたいなのはどこもアテが無く間違いなく落ちぶれてしまいます。20代、30代ならともかく、この年代はマジでキツイですなー。お金もたくさんかかるし、まさにマジキチかと。

そうなればもう覚悟を決めてやるしかないので、そのぷれいんぐまねじゃーとやらをやってやろうじゃないの、となる訳ですな。

  この先我々底辺のおっさん達はいずれリストラ対象にも入って来るんだろうけど、ネックの某社員みたいにはやりたくない。あれは仕事が出来ない無能と自ら晒してる様なものだ。与えられたことに対して文句や言い訳を並べて、こういう理由で出来ませんと言う。

僕でもそんな社員は要らないと思います。会社の判断は間違ってないと思うのですが。出来ない人間に会社は冷徹です。そりゃそうだ。

 

  話は戻りますが、実際未経験の事が多く、ドンドンすきるが付いて行くのが感じられるのでこれはこれで楽しい部分もあります。

  今日バイトの面接をしたのですが、久々に大当たりないい人に巡り会えました。こんな時はとても嬉しいし、いい流れがキテるぞ!と思えます。こんな気持ちは今まで感じた事がありません。営業も未経験だったので勉強する事が山ほどあります。営業は奥が深い。

そしてこう思うのです。

この歳になってこれだけたくさんの事を新しく学べるなんてない!マジでラッキーじゃね⁈

と思うのです。ヘンかな?

  マジキチな毎日で過労死するかもしれないけど、前向きにいられる内は大丈夫かなと何となく思っています。ウダウダと文句ばかり並べ立てマイナスに考えるよりずっと健康的になれます。

  嫌な事から逃げるのは簡単ですが、その嫌な事もとりあえずやってみて、少し良くなった、少しだけ上手くいったと思えるとき、そんな経験をするだけでも確実に強くなれます。

少しくらいしんどい思いはしても、身体は五体満足だし、家族がいる。熱いシャワーも浴びれるし、固くない布団で寝れる。家計はギリギリだけど、美味しい物も美味しいと言える。毎日生活するのに何ひとつとして不自由な事はない。美味しい水が飲める、トイレは臭くない、車があってスマホがある。何でも出来る。不満が割り込むスキマは無いほどです。

 

  いやいや、それとこれとは関係ないでしょうが、と多くの人は思うでしょう。だけど僕はそんな事が何より幸せな事であり、ただただ感謝しているだけなのです。その中で与えられた仕事も自分にとってはありがたい事と思えるのです。

 

何ごとも感謝に始まり、それが全てなのです。

 

 

こ、これはッ…し、社畜そのもの…じゃねーか…!

 

でも僕はこうして不器用に生きる事しか出来ないので、これからも割に合わない事だとしても、やって行くのでしょう。

 

だけど!

やっぱしんどいモンはしんどい!のです。

ということでテキトーが一番!

やっぱテキトーだよ。適当。

 

適当とは、

1.
ある性質・状態・要求などに、ちょうどよく合うこと。ふさわしいこと。

 

先生とタイマンを張った話

なるがです。

 

 ランニングをする人としない人ではする人の方が寿命が長いという記事を見ました。

僕は長生きしたいんだ~と前の記事で触れましたが、ペースや距離に関係なく、たまに走るだけ、飲酒喫煙の習慣がある人、高血圧や肥満の問題を抱えていたとしても効果は同じだそうです。1時間のランニングで7時間寿命が延びる、1日にわずか5分のランニングが長生きと関係があると言う事です。

……ほんまに⁈

この出所は米ダラス・クーパー研究所のチームが実施した調査で明らかにしているという事です。何だか立派な肩書もあるし信憑性はあるのでしょう。

面倒なのでこれ以上は割愛しますが、興味ある方は調べて下さいね。

 ちょうど最近ランニングを始めたところです。父の日のプレゼントにシューズも買ってもらいました!これからバンバン走るで~。

 

 話は変わって、今日はちょっと皮膚科へ受診してきたのですが、実は1年以上原因不明の肌のトラブルに悩まされているのです。まぁ何もせず放置していたのが悪いんですが……。

そこの院長はじいさんでしたが、経歴は大変立派です。こりゃ期待出来そうだぞ、なんて大船に乗った気でいました。人気なのか1時間ほど待って、やっと自分の番が来ました。午前の診察は受付終了しており僕が最後のようでした。

 先生は患部を見るなり「あぁこれニッケルアレルギーね」と即答。いやいや待てよ。

放置していたとはいえ1年以上悩んでいた訳で、もっと詳しい、納得いく説明が欲しかったのですが…。素人でもこれは何か違うぞ?と思う症状なのです。

ほんまかいな??

 先生は、「じゃぁ塗り薬と飲み薬出しとくね」と早くも診察を終わらせにかかりましたが(オイオイこれで終わりにはさせねー!)納得いかず、詳しい症状を伝えたくて先生に話し出すとそれを右から左へ受け流す。結局、半分追い出されるように診察室を後にする他なかったのでした。

 診察時間は約1分。先生と1対1の問答バトルで約2分。3分で診察室を出ましたよ。。何とも煮え切らない内容の診療でした。しかも「薬塗って効き目なかったらもう一回来て」……ってそりゃバクチみたいなもんかいな! この薬が当たりだったらラッキー、はずれなら再診って事でしょ?

 この薬で確実に治る!と言い切れないのは百も承知ですが、せめて話だけでも聞いてもらいたかったです。

モヤモヤしながら時計を見れば、すでにお昼ご飯どきか……。

はっ、……まさか、『たい……ま……ん⁉』

そうだ!これは怠慢だッ! 早く終わらせてお昼休憩に入りたいが為に僕は流されたのだッ! あのジジィめ~ッ!

と被害妄想が爆発するくらいモヤモヤがひどかったです。

 

 怠慢と言えばまたやってました。児相の怠慢。前回の事件であれだけ児相の対応について国民の非難が集中していたのにも関わらず、です。これはやってはいけなかった。

どんな事があろうとまだ気を抜くべきではなかったと。例えば飲食店が食中毒を出したら、徹底の徹底に輪をかけて衛生管理に取り組むだろうし、二度と同じ轍は踏まない様に改善するのが当たり前です。しかしまた踏んでしまった。まだ前回の事件の記憶が新しいというのに。これはもう怠慢と言わざるを得ないでしょう。

 人員が不足して回せないならその対応をまず行っておくべきだったし、子供の命がかかっているのです。これでは責められても何も文句は言えないです。

 ただ、児相ばっかり責めても何も解決しません。児相内部ではどんな構造になっているのか、どんなシステムなのか、どこに欠陥があるのか。これらをもっと精査して欲しいと思います。子供たちを守るために良くして欲しいと心から願います。

 虐待する親がいなくなる事が理想なのですが、どうしてなんですかね。こんなに悲しい事はないですよ。虐待の内容は絶句してしまうほどです。なんの罪もないこれからを生きるはずだった命が、このような形で終わらされる事があっては絶対にダメです。

 このいたいけな子供たちの命、生きられなかった分まで私たちは生きなければなりません。虐待のない世の中、子供たちが安心して元気よく生きられる暮らしをつくっていく、それが課せられた努めでしょう。

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そのためには少しでも長生きしなければいけません。

僕と一緒にランニングしてみませんか?

最近は全然走っていなかったので今日は走りましたとも。

1km。

膝が痛くなるんですよ。