なるがままにされよう

アラフォーおっさんの好き放題書くブログ

2001年8月 九州一周ツーリング記 第五回

なるがです。

 

九州一周ツーリングも早4日目。ここからが本当のソロツーリングになるのですが、これまでの内容が濃すぎて、これからどう動けばいいか迷う部分もありました。

しかし、この九州ツーリング、本当の目的は『知覧』という町に行く事でした。

 

知覧町は2007年に他2つの町と合併して南九州市となっています。(知らなかった)

そこに『知覧特攻平和会館』という建物があります。

ここには太平洋戦争で戦死した1,036名の特攻隊員の遺影、遺書・手紙などの遺品が展示されています。

何の雑誌だったか忘れましたが、この『知覧特攻平和会館』の記事が載っており、それを読んでかなり衝撃を受けました。

僕は太平洋戦史に興味があったので、この『特攻隊』というものも当然知っていました。しかし、そこに書かれていたものは、今まで自分が理解していたのとは全く異なるものでした。

特攻と言えば爆弾を抱えた飛行機で艦船に身もろとも突っ込むという、映画とかでいえば格好いい死に方、ある意味美しい死に方と思っていましたが、事実は違いました。

そしてそこに展示されている遺書・手紙の存在もその時初めて知りました。

僕は自分の目で実際に見たいと思うと同時に、どうしてもそこへ行きたくなり、いつか必ず行くと決心していました。

 

そして今、ついにその場所が目と鼻の先まで来ている。県道23号線谷山知覧線に乗り、『知覧特攻平和会館』へ向かいます。

 

 

 

知覧特攻平和会館

ついに念願だった知覧にやって来た。何故か気持ちがシャキッと引き締まる。これから行く場所がそうさせているんだろう。

町並みは結構整備されており、とてもきれいだ。『知覧武家屋敷』など観光スポットもいろいろあるようで、観光客らしき人たちが結構多い。いろいろ見れば良いのだが今回はやめておく。

しばらくして道路の両サイドの並木沿いにずらりと並んだ石柱が現れる。あぁ、ココだ。バイクを止めて入口へと向かう。観光バスも5台ほど止まっており、人が多いのに驚いた。

何かすごく緊張する。とてつもなく神聖な場所に入るかの如く、恐る恐る入る。

 

どう回ったかあまり覚えていないのだが、とにかく本物の遺書・手紙、遺品の数々に強く心を打たれた。ひとつひとつゆっくりと読んでいく。これが二十歳そこそこの若者が書いた文なのか?これから死にゆくという事を思うと、どれもが目頭が熱くなってくる。涙を流している人も結構見受けられた。語り部のおじいさんの話もとても興味深かった。

あと、驚いたのは外国人観光客も多かったことだ。世界から見てもこの『特攻』というものがいかに興味を持たれているかが理解出来た。

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もう一周まわりたいと思ったが、時間も押しているので出る事にする。帰りに本を一冊購入。その後外にある『三角兵舎』を見学。隊員がここで寝食し、出撃を待っていたそうだ。

館を出てしばらく余韻に浸る。ここへ来て本当の特攻というものを知れたことはかなりの収穫となった。

売店を見つけたのでソフトクリームを舐めながらベンチに腰掛け、いろいろ思いを巡らす。

決して楽しいものではないが、確実に心に何かを得て出てくる事になるだろう。

それだけここにはインパクトがあった。

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3時間ほどここで過ごしたがまだまだ見足りない。

 

バイクを走らせながら思う。この場所から彼らは飛び立って、そして二度と帰ってこなかったんだな・・・当時の彼らの心中は如何ほどのものであったのだろうか。胸が痛い。

 

 

今日のねぐら

ここで時間を使い過ぎたのでルート変更しなくてはならなくなった。指宿から開聞岳と回る予定だったが断念せざるを得ない・・。最低でも熊本入りしとかなくては。

とりあえずひたすら北上する。途中から九州自動車道を使用。しかし高速道路はしんどい。下道のんびり派なのだが、ルート計算すると時間がなさすぎるのでやむを得ない。

 

22:00。もう限界!熊本には届かなかったが、八代市の宮原SAで泊ることにする。

しかしSAでの野宿はダメだ。何がダメかというと、とにかくうるさすぎるのだ。車やトラックがバンバン出入りしているので全く寝付けない。失敗だ~・・。車の中なら気にならないんだろうけど。

 

明日は長崎へ向かう。原爆資料館と、平和公園が目的だ。目的地のチョイスがおかしいと思うだろうが気にしない。

疲れているはずなのに全く寝付けず、時間だけが過ぎていく。SAでは二度と寝るもんかと誓ったのだった…。

 

 

 

 

 

 

怒りという感情について

なるがです。

 

僕は滅多に怒る事がありません。今までに相手とのトラブルなどは起こしたことが無いです。とは言え僕も人間ですから、『怒り』という感情は持ち合わせてもいます。ただ、『怒り』が発動するまでに治まってしまうので、滅多に使うことがないのです。

 

基本呑気なので、右から左へ受け流す事が多いのと、事なかれ主義、ビビりの為、争い事が特に苦手です。当然殴り合いのケンカなどしたことありませんし、もしそんな事態になろうものならすぐさま謝ると思います。

 

しかし問題は、『そんな事態』の内容にもよります。自分の大切なもの、今の自分で言うなら、家族が危険にさらされる、などの事態になれば話は別です。自分の中でここから先を越えてはいけないライン、いわゆるレッドラインを越えてくる相手とは戦わなくてはいけません。しかし、戦い=暴力と解釈してしまうのはよくありません。相手を負かす事が目的ではないのです。

この場合なら僕は、何があっても家族を守る、そして絶対に死なない。そのための最善策を取る事、それが戦うという事だと思っています。怒りに囚われると確実に冷静さを失います。本来の目的すら見失って、死んでしまったりしては元も子もありません。

 

怒れるひとたち

最近やたらとキレる人たちのニュースを見ます。最近では東名高速での事故。実際に起きたのは6月ですが、捜査の進展や証言など精査した上での報道となりました。

結論から言えば本当に最悪な結末を迎えてしまったという事です。目の前で両親を亡くし、ただ二人取り残されてしまったまだ幼い姉妹が不憫でなりません。

パーキングエリアで事件の前兆となる出来事があり、被疑者がこれに対して逆上し、その後被害者の車の後を追いかけ、執拗に煽りまくったというのですから執着心が異常すぎます。

 

怒りが何故起こるのか?どんな時に怒りの感情が湧くのか?

  • 自分の思い通りにならない時
  • 自分が負けていると思う時
  • 相手に負けたくないと思う時
  • ルール違反、マナーの悪さを見たりされた時
  • などなど・・

一番顕著なのが『自分の思い通りにならない時』だと思います。僕自身でもそうだと思うからです。

他人からの忠告や意見というものは得てして認めたくはないものです。それが正論であればあるほど受け入れ難く感じるものです。その時の感情は、自分が正しいのだ!このままでは言い負かされてしまう!と感じるのではないでしょうか。

そこでどう捉えるかが分かれ目となります。心を落ち着けて受け入れる、もしくはそれが出来なくて反抗的態度を取る、という事になります。

そしてその反抗的態度を取ることによって、負けたくないと思うようになります。

ここまで感情の段階が来てしまったら、すでに怒りに支配されてしまっています。逆に相手を負かす事、復讐する事しか考えられずイライラが止められません。

最近はこの段階を踏むことなく、すぐ怒りに支配されてしまう人が多いように感じます。キレやすいとはそういう事なんだと思います。

 

怒りの矛先は弱い人間に

一番やっかいなのは、そういうキレやすい人たちの最も都合よいターゲットが、おとなしそうな、言い返したりしなさそうな人を選んでいるという事です。される方はたまったもんではありません。僕自身も言い返したりしない方ですので、ターゲットにされやすいです。

これが形になったものが、いじめであったり、パワハラであったり、虐待となるわけです。そしていつしか怒りはストレスの発散、自分の思うようになる事による快楽へと姿を変え、なくてはならないものになります。もう中毒です。

そういう輩は怒りなんかで動いているのではなく、自分が気持ち良ければいい、ただのオナニー中毒者です。

自分が世界の中心と思っているくだらない自己中心性しか持ち合わせていません。

 

しかしながら、そんな輩とも共存していかねばならない世の中、やはり自分の身は自分で守るしかないというのが宿命なんだと思います。もしかしたら明日自分が当事者になるかもしれないのです。それだけこの世にはそんな事がありふれているという事です。

 

学校・会社・家庭などにおいては、一人ではなく周りを巻き込むしかありません。利用できるあらゆる手段を駆使してオナニーを止めさせなければなりません。とある学校では、周りの人間がオナニーの手伝いをしていた動画も出てましたが。やはり協力者が必要不可欠です。

 

しかし怒りに怒りを用いて対処しても火に油を注ぐだけです。相手を認めた上でしかるべき人に出来ない状況を作ってもらう事が必要だと思うのです。

何故そうしたのか、冷静に相手の言い分を理解してあげておいて、「次やったら終わりな」とクギを刺し、思いとどまる様に仕向けるのです。エロ本より本物がいいと気付かせるのです。(分かりにくい)

 

怒りはスルーする

それとは反対に、外に出てみても怒れる人間はごまんといます。人が集まるところなどはウジャウジャいるんではないでしょうか。駅の通勤ラッシュ時など、朝からしかめっ面して何をそんなに怒ってるの?と言いたいくらいです。

ほとんどの人は普通ですが、やはり中には割り込み、通行ルール無視、混雑の中を強引に肩をぶつけて走って行く者など、自分さえよければいいのが丸出しです。

 

ほとんどの人はそういう輩に怒りを覚えている事と思いますが、賢いのはそれに反応しない事です。正義感から言い寄る人もたまにいますが、そんなのに関わるだけ時間の無駄と思うべきです。ムカついてもみんなグッとこらえているのです。それがベストだと知っているからです。知らん顔ではないのです。

でも体調崩したりした人がいればみんなで助けますよね。そこが違いです。アホなことに時間は使わない事です。

 

そしてやたら多い自動車運転におけるトラブル。まんま上記に挙げた事に当てはまります。例えば、

  • 思い通りにいかない(煽り運転
  • 負けているのではないか(煽り返してやろう)
  • 負けたくない(嫌な思いをさせてやる)
  • ルール違反、マナー(今そんなの関係ねぇ)

 

どっちもどっちです。しかし関係のない他人を巻き込むなど、絶対にあってはならない事が起こり得るという側面も持ち合わせています。相手の挑発に乗ってしまえばもう後戻り出来ないのです。

怒り発動の前に冷静になって、イカンイカンと自分を制御すべきです。自分の家族や大切な人だけでなく、知らない家族までをも巻き込む事になるのです。

 

怒りはスルーする。右から左へ受け流す事が大事です。決して負けた訳ではありません。『馬鹿な可哀そうなヤツだ』と鼻で笑っていればいいのです。

 

配送トラックなどのテール部分に『速度順守!お先にどうぞ!』とステッカーが貼ってありますが、これこそがお互いに持つべき心なんだと思います。

 

怒りは何も生まないです。できればこれからも使いたくない能力だと思っています。

疲れますしね。

 

 

 

 

 

 

 

2001年8月 九州一周ツーリング記 第四回

なるがです。

 

Hさんとの楽しかった旅も今日で最後!出会いからもうすでに3日。その間の素晴らしすぎる出来事は今でも記憶にしっかり残っています。

こうして記録として残せるのも、今このタイミングがベストだったんだと思います。ブログというツールと出会っていなければ、たぶんここまで書けてないと思います。

 

これを書き起こすために行った方法
  • 実際の写真背景とグーグルマップのストリートビュー背景との照らし合わせ
  • ガススタ及び買い物レシートの時刻・場所から割り出すルート推測
  • 正確な地名のweb検索
  • 当時使用していたツーリングマップルへの書き込みメモ跡の情報
  • 写真をスマホでスキャンして取り込む

もっと簡単でスムーズな方法があるんだと思いますが、アナログなおっさんにはこれが限界です。

 

写真を見てもここがどこだか特定できないときは、その近辺をくまなくマップで探します。この辺にいる事は分かっているので、写真から得られる情報をフル稼働させます。

例えば橋の横に赤い屋根の家が写っているなら、マップの航空写真で橋と赤い屋根の組み合わせを探します。

このやり方で写真の情報はほぼ完全に特定出来ました。

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この辺から撮影したんだなと特定。山の稜線も一致。

ツールがすべて揃った今だからこそ、こうして取り組めてるんだなぁ・・にしても16年放置はないな。

 

 

 続きです

8月28日 4日目 

夜中、さわさわと体を這う感触が・・。よく見ると蟻だ。うたた寝状態の無防備だったのでいつの間にか集られてた。パッパッと払いまた寝る。月がきれいだ。

 

まわりが明るくなってきて目覚める。ボーっとして相変わらず体が痛い。ちゃんとした寝床で寝たいな・・。

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1日目 道の駅

2日目 スナック

3日目 国道沿いの休憩所(ここ)

全部野宿。そのおかげでかなりお金は節約は出来ているのだが、いかんせん体が痛い。

でも楽しいし、起きた時の新鮮さ?が何ともいえないので苦ではない。

昨日暗くて見えなかった景色が目の前に広がっている。海!は~最高の景色~。今朝もコーヒーが美味しいわ。

 

ゴミをバイクにくくり付け出発する。

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今日がHさんと過ごす最後の日だ。思い残すことが無いようにめいいっぱい焼きつけようと思う。

国道220号線を北上。一路桜島を目指す。

垂水市荒崎パーキングにて休憩。もう目の前に桜島が見える。あれが桜島か!実際にこの目で見ると迫力が違う。灰も少し降っていたような気もする。

 

トイレに行って戻ってくると男女のツーリングライダーがいた。そういえばHさん以外のライダーに会うのはこの旅初めてだ。4人で写真を撮る。

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彼らと旅の話で盛り上がり、ひと時の楽しい時間を過ごした。(連絡先を交換し合ってその後手紙と写真を頂きました)

 

Hさんとの別れ

そして桜島が眼前に。有村溶岩展望所で記念の一枚。

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そしてしばらく走り、ついにその時はやって来た。今まで一緒に旅してきたHさんとここでお別れ。まだ少し走っていられると思っていたが、どうやらここで引き返すそうだ。なんとも淋しい。

大正溶岩の前で最後の記念撮影。

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お世話になりました。

別れ際に交わした言葉は全く覚えてないが(大事なとこやろ)、Hさんがバイクの横に立って、見えなくなるまで手を振ってくれていたのが強く記憶に残っている。

 

桜島フェリーで鹿児島へ

一人で走り出したのだが、何か変な感じだ。実は後ろに居てるんじゃないかとか思い、何回も振り返ったりしていたが、ついに現れる事は無かった。彼女にフラれた時もこうしてたな・・居なかったがw

別れてしばらくは本当に淋しかった。たぶんもう二度と会う事はないと思うと、よけい淋しかった。

しかし気持ちも切り替えて、これからは本当のソロツーリングだ。とは言え少し不安・・。

 

11:45鹿児島行き桜島フェリーに乗り込む。バイク¥310、大人¥150なり。(今は料金改定されてるのかな?)

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約15分のあっという間の船旅。ゆっくりくつろぐヒマも無かった。

鹿児島市は大きな街だ。ちょっと迷子になり街中をぐるぐる回る。やっと街を抜け出し、ここからさらに南下して、この旅の目的地「知覧」へと向かう。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             

 

2001年8月 九州一周ツーリング記 第三回

なるがです。

 

Hさんとの旅も順調に進み、自分では行けなかった場所にも連れて行ってもらったり、至れり尽くせりして頂きました。Hさんはここ日南市に住んでいて、この辺の地理なら大体分かると言ってました。

この頃には僕はすでに完全に心を開いており、本当に楽しい思い出ばかりです。

まるで長い付き合いの友人の如く接していられたのですが、これもHさんの、仏の様な大らかな気持ちがあったからに他ありません。

こんな上司なら最高なのになぁとさえ思いました。優しいだけでなく、ぶれない筋の通った強い土台のようなものも感じました。今の職場の上司と大違いだと思ったものです。

と、これくらい持ち上げとけばいいかな!・・・。

 

どこへ向かっているのか分からないままに、気付けば陽も暮れ、ひたすらHさんの後ろについて走ります。

 

宮崎和牛ホルモンと芋焼酎

バイクは路地へと入り、細い道路を進む。そして民家らしき家の前でバイクは止まった。よく見ると赤ちょうちんがある。居酒屋だ。

Hさんはそこの大将と知り合いのようで、ここの炭火焼きがうまいという事だ。中はあまり記憶にないが、狭く薄汚れた屋台の様な感じ。しかし居心地は悪くない。むしろお洒落な店よりずっといい。

宮崎牛?だったかな・・思い出せないのだが、その和牛テッチャンの炭火焼きを出してくれた。ホルモンはあまり好きではないのだが、とりあえず食べてみる。もぐもぐ・・

 

「な・なんだこれは・・!」予想をはるかに上回る噛みしめた時の旨み、口の中でとろけて消える脂。完全にテッチャンの印象が覆った。うまい、うますぎる!今まで食べて来なかったので単に食わず嫌いなだけだったんだが、これには感動した。

そして芋焼酎」。これがまた美味しいのだ。

あまりお酒は飲まないのだが、この芳醇な香りとコク、銘柄は分からないけど炭火焼と合う。脂っこさを焼酎が洗い流す~感じ。この時ほどおいしく感じたことはない。

他にも魚とかいろいろ出してもらったんだが、どれも全部美味しかった。

 

 

飲酒運転ダメ、絶対

Hさんにご馳走になり、結構いい感じで酔っぱらってしまった。お店の大将にお礼を言って店を出る。もう23時くらいだった気がする。

しかし今日はどこに泊まるんだ?などと思っていたら次はカフェみたいな店に入り、お酒をオーダーするHさん。お姉さんが運んできてまた俺を紹介してくれた。確かきれいなお姉さんだった記憶がある。知り合いがたくさんいるんだなぁ。

 

この頃俺はすでにフラフラだったが何とか頑張って耐えた。さすがに寝てしまうのは失礼だ。夜中1時くらいに店を出たのかな・・ほんとに今日はどうするん??と思ったら、次はなんと「スナック」!に入る!

(まだ飲むんかいっ!!)

本来酒飲みとはそういうもんだ。「こんなのはまだ序の口」と笑ってたが、さすがに俺は限界に近い。このスナックもHさんの知り合いのお店で、なんと今日はここで泊まらせてくれるという事だ。

 

オーナーが店じまいを始め、Hさんもついにダウン。「その辺で適当に寝て行って」とオーナーに言われ、挨拶して俺もようやく眠りにつける~。午前3時くらいだったと思う。いやはやなんともあり得ないすごい体験させてもらってるわ。その後爆睡。

そういえば居酒屋~カフェ~スナックと、どうやってバイクでここまで来たのか全く思い出せないのだが・・。きっと誰かが俺らの代わりに移動してくれたんだと思う。

 

8月27日 3日目

目が覚めると、ココはどこ?状態。あぁ・・そういえばスナックの店内で泊ったんだっけ・・。

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ぼーっとして昨日のお酒がまだ残っているようだ。Hさんもぼーっとしている。

お冷をもらい、一口飲む。しかし今日は走る気がしないわ~だるさ半端ない。そりゃそうだ。しかしHさんはものともせず「行こうか~」と言ってくる。

どんだけタフやねん。

 

世話になったスナックをあとにする。結局ここがどこなのかは分からなかった。これは今でも結構気がかりである。

 

大堂津海水浴場で休憩。コンビニで買った弁当を食べる。すでに海水浴のピークは過ぎているためか人もポツポツとしか見受けられない。しかし!少し向こうで水着ギャルが日光浴している!いい眺めだ~。Hさんが写真に収めてくれたw

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隣にいるおっちゃん覗き込んでないか?てか写真ではあまり見えなかった。残念。

 

 

本土最南端「佐多岬」へ

ここからどうルートを取ったのか分からないが、今回の目的地の一つ、佐多岬へと向かっている。大隅半島を横断、志布志町~鹿屋市へ抜け、国道269号線大根占町へ入り南下。たぶん。

 

県道68号線沿いの「ふれあいパーク佐多」に到着。Hさんは佐多岬はもういいらしく、ここで待機することに。久々に一人でバイクを走らせる。Hさんに見送られ岬へと出発。

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岬に向かっているが人の気配が全く無い。何故こんなに淋しい感じがするんだろう。

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しばらくして駐車場に到着。ここから岬までは歩きとなる。

不気味な長めのトンネルをくぐり抜け、その後は森の中をひたすらに歩く。途中祠(ほこら)があり、お参りして先を目指す。どんな道のりだったかはあまり覚えていない。

 

そしてついに岬に到着!本土最南端制覇!と言ってもただ男が一人ポツンと居るだけで・・。昔はここに売店、レストランがあったみたいだが、今は荒廃しまくっており、その名残と哀愁だけが漂っている。にぎやかであったろう情景が思い描かれる。

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老夫婦が来られてたので写真を撮っていただいた。

四国の佐田岬もそうだったが、最果ての岬は淋しい場所だ。しかし端っこには何もないがロマンがある。好き好んで行く奴は相当の物好きだ。俺もその一人だが。

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遠くに見えるのが灯台だが、行けるのはここまで。

しばしボーっとたたずむ。嫌な事や考え事があるならここへ来るのも悪くない。無心になれる場所だ。ちゃんと戻ることが前提だが。

 

佐多岬を後にする。

 

「ふれあいパーク佐多」ではHさんが待っててくれた。再び一緒に走り出す。もしかしたらHさんがあえて俺を一人にしてくれたのかもしれない。じゃなければきっと岬でいろいろ考えたりしなかったはずだ。

岬には一人でいくべし。きっと何か得るものがあると感じる。

 

 

海沿いの休憩所で野宿

来た道を北上。19:00スーパーケーオーにて買い出し。今日は焼肉だ!ビールやらカップラーメンなど買い込む。

しかし買ったはいいが、どこで食べるんだ?

するとHさんは、もう目ぼしい場所は見つけてある、という。269号線を南下してる際に見つけ、初めからここにすると決めていたらしい。さすがだ・・このアンテナの張り具合。これは仕事もはかどるわ。

 

着いたのは国道269号線沿いの休憩所だ。海沿いで、明るければ最高な景色が拝めただろう。今はもう完全に陽も落ちて真っ暗なため何も見えない。

 

ランタンに灯を点け、早速ストーブで肉やらソーセージやらをジュージューと焼く!

そして缶ビールでカンパイ!なんだこれは!楽しすぎる!

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二人だとやっぱり楽しさも2倍なんだなぁ。

一人では絶対に味わえない楽しさ。逆に多くても味わえない。二人とは実にバランスのいい組み合わせなんだな。

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楽しい晩飯も終え、片づけてゆっくりする。

辺りは何も見えないが、月明かりに照らされた海面がキラキラと揺れているのが見える。美しい。

寝ころびながらずっと語り合った。話すことはまだまだ尽きないほど出てくる。本当にHさんには感謝という言葉しか思いつかない。

そして一緒に過ごすのも今晩が最後となる。明日は桜島で別れる予定だ。急に淋しく感じるが、最後までしっかりと後悔のないように過ごすつもりだ。

 

 

2001年8月 九州一周ツーリング記 第二回

なるがです。

 

2001年の8月25日から5日間の日程で九州一周ソロツーリングを行った記録の第2回目です。

初日からソロでは無くなるという思いも寄らない展開。しかも相手は10も歳の離れたおっちゃん。そのおっちゃんと一緒に走る事になります。

 

不思議と安心感のある方でした。波長が合うと言った方がいいかな。

特におしゃべりでもなく、前に出たがる訳でも、仕切りたがる訳でもなく、見守ってくれているようなスタンスの人でした。

なのでこっちも変に気を遣ったりなどは全くありませんでした。(これはこれで問題あり⁈)

 

彼の旅の目的地などは思い出せないのですが、行き先が同じという事で誘ってくれたのでした。このフレンドリーさ?は見習いたいところです。

普通なら誘ったりしませんし、年齢的にも上下関係が出来上がる構図です。でも彼は10歳も年下のこんな若造に対して、友達のように接してくれるのです。

なんて懐の広い人なんだと感銘を受けました。

 

そんな彼と(Hさんとします)これから行動を共にして行きます。いつまで一緒なのか、その時は分かりませんでしたが、この旅がソロツーリングで無くなったとしてもそれはそれでいいや、という気持ちでした。

 

前回続きです

道の駅青雲橋で野宿

雨足も次第に強くなってきており、いつまでもここで話をしているわけにもいかない。Hさんの後ろについて出発する。

しばらく走ると『道の駅青雲橋』というのを発見。Hさんはバイクを降り奥まで様子を見に行く。どうやらここで過ごせそうとの事。ねぐらは決まった。と思ったらHさんはバイクをターンさせる。

「どこいくんです?」

「酒と晩飯いるやろ??」

なるほど、そういうことか。

小さな個人商店を見つけたのでそこでビールとつまみやらを買い込む。再び道の駅に戻った頃にはすでに陽もとっぷりと暮れて辺りは真っ暗、景色も何も見えない。雨も結構強くなってきた。

しかし、今日のねぐらはラッキーなことに屋根付き!すこぶる快適だ。こんな雨の日は誰も来ないし、思う存分くつろげる。

銀マットとシュラフを敷き、ランタンを灯して語らう。強かった雨もしとしとと降り・・なんか風情があるなぁ。

今は見えないけど、この場所から大きなアーチ橋が望めるそうだ。

明日の朝を楽しみにしながら寝る事にする。

 

8月26日

朝だ。雨も上がっており、霧の立ち込める少しひんやりした朝だ。

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寝起きに一服。体が痛い。

起き上がって周りを見てみると、目の前に大きなアーチ橋が!ここはまさに特等席だわ。なんでも東洋一のアーチ橋らしい。高さ137m、全長410mだそうだ。

 

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朝のコーヒーを片手に景色を眺める。朝は気持ちいいな~。

 

しばらくすると犬の散歩に人がぽつぽつと出始める。そろそろ退散の時間という事か。

僕らは決してそういう人達の邪魔をしてはいけないし、使わせて頂いてるという意識が大事だ。ゴミはしっかり始末して、痕跡は残さないようにするのが野宿のマナーだと思っている。

 

宮崎市内でチョーカー購入 、仲間入りを果たす

国道218号線延岡市を通過、日向市~日向街道をひた走る。左手に日向灘を望み国道10号線を南下。海沿いは圧巻。

宮崎市の「シーガイア」に寄り、Hさんと二人適当にぶらつく。男二人だとおもしろくもなんともない。

宮崎市内に入り、Hさんの知り合いのジュエリーショップに連れて行ってもらう。というか連れていかれた。そこにはハーレー仲間と思しき人たちが5~6人溜まっている。するとHさんはその人たちに僕を紹介してくれた。彼らは「お~お~そうか~!」と以外にも快く迎え入れてくれた。

そしてインディアンジュエリーを手に取り、「これなんかいいんじゃないか?」と銛(もり)の形のを見せられ、あれよあれよという間になんと購入してしまった。チョーカー¥4000なり!(プレゼントちゃうんかーい)あれ?買わされた??

でもこれで俺も仲間(何の?)になれたような気がしたし、実際彼らに認められた(何を?)感がすごくあって、気分も超ハイテンション!

完全に吞まれてますな・・・。でもいい買い物したと思っている。

 

サンメッセ日南と鵜戸神宮かんぽの宿日南

市内を抜け国道220号線へ。南国ムードたっぷり、解放感ばっちりだ。

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しばらく走り、「青島」なるところへ案内してくれた。

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 「鬼の洗濯板」~自然の造形美に圧倒される。初めて見る景色の連続に只々感動。

この頃にはすでに日焼けパンダ顔状態である。

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途中Hさんの知り合いがいるというドライブインに入り昼食。何を食べたか覚えていない・・。

そして昼食後、すぐそばにあるサンメッセ日南」というところに入って行く。なんとHさん、入り口で顔パス!しかも受付のお姉ちゃんと親し気に会話しているではないか。なんなんだこの人は・・??

話を聞くとどうやら以前ここで少しの間働いていたらしい。なるほどそういう事なら理解できる。あと、辞めた人間に対して受付のお姉ちゃんがすごく嬉しそうだったのがHさんの人物像を物語っていると感じた。

 

園内はテーマパーク?みたいになっており、「モアイ像」が海をバックに佇んでいる場所もある。このモアイ像はイースター島公認だそうだ。

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園内はアップダウンが多く移動は結構疲れるが、とにかく楽しすぎてはしゃぎ回る。牧場もあり、ここの牛さんから採れたミルクのソフトクリームがめちゃめちゃ濃厚でうまい!!

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空の青と海が融合して広大すぎる空間に。天気がいいと圧巻の大パノラマが拝める。

 

ここを出てすぐそこの鵜戸神宮に寄る。

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朱色の建物が沖縄な感じがする。行ったことはないが。

安産の神様なので今後の為に?先にお参りしておく。予定は全くないのだが。

 

岩に空いた穴に上からお金を投げて、入れば願いが叶うという『運玉投げ』に挑戦してみる。が、全く入らない。当然1回で済むわけがなく6回ほどやって諦める。なんかしこりが残る。達成感を得るには一日かかるかもしれない・・。

 

日南フェニックスロードを快走。青い空と青い海、緩やかなアップダウン。チョー楽しい。

しばらくしてHさんは右折ウインカーを出し、何やら小高い山の方へとバイクを走らせる。到着したのは『かんぽの宿日南』。ん??なにしに??

 

「フロ入ってさっぱりしていこうYo」

 

「あぁ~!風呂ですか!いいですね~!」と急な展開におもわず心躍る。

旅の途中に入る風呂は何て気分がいいんだろう!これまでも温泉ツーリングは何回もしてきたが、温泉がメインでないソロの旅では途中に入るなど考えたことも無かった。

排気ガスと汗と土埃で汚れた体もきれいサッパリ!風呂上がりの冷たいコーヒー牛乳がゴクゴク飲める。うんめぇ~!

 

しかし、今ふと改めて思う。

この人に会っていなければ、ここには絶対いないし、いろんな場所や景色もきっと素通りしていたと。

Hさんと出会えたことはとんでもないラッキーとしか言いようがない!

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この黄色のグローブがカッコよすぎて俺も真似しようと誓った。

 

国道448号線を南下・・している?

Hさんの後ろについて走ってるだけなので、自分の現在地が全くつかめない。今どこをどこへ向けて走っているのかも分からない。

そうこうしているうちに夕方になり、陽も暮れた。これからどこへ行くんだろうか?

 

 

2001年8月 九州一周ツーリング記

なるがです。

もうずいぶん前の事ですが、16年前の九州一周ツーリングを書き起こします。自分にとって一生の思い出なので、今でも忘れる事はありません。ただ、記録として日記でも取っておけば良かったと今更ながら後悔しております。

唯一の情報が写真と記憶。しかしあれからもう16年か~月日が経つのはあっという間です。体重が増えた事以外、当時とあまり変わってませんが。

まさに光陰矢の如しですね。後悔のない生き方をしていきたいものです。

 

1997年の四国ツーリングから4年後になるのですが、あの時の感動が忘れられず九州一周という暴挙?に出てしまいました。期間は5日間!超ハードスケジュールです。

 

2001年8月24日 

時間を稼ぐために前日の晩から出発する。当然仕事帰りの出発になるので準備はほぼ完璧にしておいた。大阪南港21:00発の関西汽船さんふらわあ」に乗船予定だ。

フェリーターミナルには同じツーリングの人達、車や人がたくさん。手続きから乗船までの待機時間も楽しく感じる。今回は大型フェリーだけに興奮度がすごい。

順番に係員に誘導され乗り込む。フェリーの中はでかい!係のおっちゃんが手慣れた手つきでバイクを船体壁にロープと車輪止めで固定してくれた。

今回の相棒は8年付き合ったHonda 「Steed」とお別れして、Suzuki 「Desperado400」に乗り換えた。この日の為にバイク屋のおっちゃんに荷物を載せるキャリアを特注で作ってもらった。

関西汽船フェリー「さんふらわあ

フェリー内はとても広い。色々と設備が整っている。寝床だが、お金の節約のため2等客室での宿泊、いわゆる雑魚寝というやつになる。

客室で一人だとどうしても時間を持て余す。周りもグループが多く話せる雰囲気ではない。ふらふらと外のデッキに出てみる。真っ黒な空と海、遠くを見るとあれは神戸の灯りだろうか。キラキラ光ってとてもきれいだ。

明石海峡大橋をくぐり、街の灯りと並走しながら瀬戸内海をゆっくり航行する。夜のフェリーは非日常的で楽しいが、外の風は思ったより強いし、なんせ真っ暗闇で怖い。海に落ちたら死ぬだろうなーなどと考える。

 

しばらくして船内に降りると、窓際の展望席に一人旅風の若い女性を発見。気にしてない素振りをしつつ、シート2つ間隔あけて座る。…うーん、時間が経っても一人なのでこれは声をかけても良さそうだ。

と思ったら、なんとおっさんが間に座った。(おっさんマジか)タイミングを完全に失って彼女も席を立ってどっかへ行ってしまった。

明日に備えて寝る事にする。

 

雑魚寝のせいで隣との距離が近い。寝ぼけてパパと勘違いしてるんだろうか、子供に抱きつかれて困った。

 

8月25日

船内に朝陽が差し込み、夜とは違う表情を見せ始める。フェリーのボボボボ〜というエンジン音とまだ静かな船内が独特な雰囲気だ。ちょっと早起きしてデッキへ出る。

朝陽がまぶしい~。たばこを一服、最高だ~。

8:30に愛媛県松山港に寄港。接岸を上から覗き込む。ここで結構降りて行ったので船内は急に淋しくなった。

そうだ、朝風呂へ行こう!案の定ガラガラで貸し切り状態。窓から大海原を眺め、湯船で28歳の男が一人泳ぎまくる。

 

10:10大分県別府港に到着。ついに九州到着だ。フェリーはゆっくりできるし楽しめる。移動時間を有効に使えたんではなかろうか。これはとてもいい選択だった。

 

九州一周へ

ついに九州上陸。一周に向けてスタートだ。どんな旅になるんだろう。この瞬間の解放感がやばすぎる。初めての土地で見る風景と道とこの感覚。何もかもが自由だ。

 

県道11号別府一の宮線「やまなみハイウェイ」に乗る。

鮮やかな緑の山々と広大な空間、ワインディングロード、天気もすこぶる良い。とにかく気持ち良すぎて顔のにやけが止まらん。

広い土地の所々で牛が放牧されている。

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牛さんを撫でる。その横に『阿蘇とうもろこし』なる露店を発見。バイクを降りて見に行ってみる。おばちゃんが生の剝きたてを「甘いよ!」と言ってすすめてくれた。

食べると本当に甘い!みずみずしい甘さでえぐ味もない。「おばちゃん美味しいわ!」と言って買わずにそこを立ち去った。

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(グーグルマップで確認したら現在「Aso Sweet Corn」という名前になって、店舗も構えていました)

45号線に乗り「大観峰」へ向かう。(展望所から望む山の稜線が『釈迦の寝姿』に見えるそう)観光客がたくさんいる。展望所まで500メートルほどの道のりだ。ソフトクリームを舐めながら一人黙々と歩く。

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確かに見えなくはない。

 

国道212号線を南下、県道111号線~草千里ケ浜で休憩。こんな広い空間見たことないわー。

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バイクを走らせ阿蘇山頂へと向かう。阿蘇町営道路¥100なり。

しかし今日は火山ガスが強いらしく、火口へは行けないという。残念だが仕方ない。

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離れたところにある展望台から望む。確かにガスがすごい。周りを良く見ると所々に退避シェルターが見受けられる。シェルターというより『トーチカ』だな。この造形物はちょっと不気味だ。命を守るためのものだからなのか、異様な迫力がある。

 

16:00くらいに宮崎県に入った。

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国道325号線を南下、高千穂峡へ向かう。16:56雲行きが怪しく、薄暗い。国道218号線分岐で道を間違え逆方向へ行ってしまう。

何かおかしいなと思いながら走っていると何やらきれいな橋がある。ルート確認と一服がてらその橋へ寄る。『天翔大橋』だそうだ。小雨もパラつき出し暗くなってきた。

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カッパを取り出し着る。マップを眺めながら、時間も時間だし高千穂峡は諦めるか・・。

そこへドコドコと1台のアメリカンバイクがやってきた。あれ?こっちへ来る?目の前で止まった。なんと本物のハーレー乗りではないか!

『何か暗そうに佇んでるヤツがおるな~と思って』寄ってくれたそうだw

彼は「今日はどこへ行くの?どこ泊まるの?」と聞いてきた。

見ればおっさんだし、別におっさんと泊まりたくねーし、変な人かもしれないと警戒していた。

でも話するうちにすごくいい人だと分かって、結局今から一緒に行動することになった。H.Hさん37歳。10ほど先輩だ。

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もう結構暗いし、雨もパラパラ降ってきた。彼はこの辺は詳しいらしく、案内してくれるというのでとても心強い。

この旅でも初日にして思わぬ出会いがあった。しかも今回は道連れだ。一人旅ではなくなるけど、こんな旅もまたいいだろう。どうなることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北朝鮮核問題について考えてみます 3回目

なるがです。

 

北朝鮮とアメリカの核・ミサイル問題の対立が日ごとに悪化しているように感じます。

その一端が9月19日の国連総会でのトランプ大統領の一般討論演説においてです。

金正恩に対し

ロケットマン」「狂った男」「チビ」

「米国と同盟国を守る必要に迫られた場合、北朝鮮を完全に破壊する以外の選択肢は無くなる」

などと過激な警告発言。

これを受けた金正恩「ゴロツキ」「老いぼれ」「悪の大統領」そして

「私と国家に対し完全破壊と言ったからには、史上最高の超強硬対応措置を慎重に考慮する」とやり返す。

まだまだ口撃の応酬は収まる気配がありません。

しかしここで怖いと思わせることがあります。この内容が金正恩北朝鮮最高指導者の名による声明ということです。さらに、

「国家と人民の尊厳と名誉、自身の全てを賭け、言葉ではなく行動で示し、トランプに必ずそのツケを払わす」

と内外に向けて発信しています。これは自分で発言したことに対する撤回や言い訳などは出来ない、という事を表しています。

 

これまでは幼稚園児の言い合いみたいな事を言われてきましたが、これはちょっとヤバいんではないか?トランプはタブーを犯してしまった感が否めません。

「お前のかーちゃんデ~ベソ~」でやめとけば良かったのに、「殺す」ともなればハナシは変わってきます。

何がきっかけで我慢の限界が越えるか分かりません。恫喝の応酬で戦争が引き起こされるなど愚の骨頂です。

「頭を冷やして激しい言葉の応酬は休止するべき」と各国からも自制が求められています。

北朝鮮の孤立

国連総会でのトランプ氏演説の直前、北朝鮮の大使は議場を退出しています。批判や非難があると予測してのボイコットでした。

トランプは北朝鮮に対し金政権を孤立させるため、すべての国が協力するときだと発言します。そして各国からも同じように北朝鮮への非難が相次ぎます。

北朝鮮は完全に国際世界から孤立してしまいます。

何かこのボイコットの場面は日本が国際連盟脱退前の場面と被って見えます。

 


【カラー】 松岡洋右 国際連盟脱退前の演説シーン 1933年(昭和8年)2月24日 / Leave League of Nations Yusuke Matsuoka Japan 24-2-1933

リットン調査団による報告書には日本の主張(満州国承認など)を認めないものばかりで、当然日本はこれに反発します。しかし連盟総会は42対1(日本)で報告書を採択します。そしてその直後に議場を退出してしまいます。去り際に松岡洋右は「さいなら!」と吐き捨てるように言ってその場をあとにしたらしいです。

以後の日本外交は国際社会から孤立し、ドイツ・イタリアとの三国軍事同盟へと向かいます。

そして日本は米・英・中・仏などを相手に、絶対に勝てない戦争へと突入することになるのです。

 

今の北朝鮮と似ていませんか?

情報によれば北朝鮮はあのISとも連絡を取っており、韓国でテロを起こしてくれと依頼したとも聞きます。どこまで本当か分かりませんが。

北朝鮮が反トランプ国と同盟を結んだとしてもおかしくありません。

 

ここへきて北朝鮮では10万規模の反米集会が開かれました。

「金委員長を傷つけようとするならば即座にこれを打ち砕く。アメリカは悲劇的な終末を見る事になるだろう」

と対決姿勢をあらわにします。

 

ミサイルによる水爆実験か

金正恩による「超強硬な対応措置」は太平洋上での核ミサイルによる水爆実験かとも言われています。核弾頭を装着したミサイルがもしトラブルで途中落下などを起こせば、確実に人的被害が出る事も考慮せざるを得ません。

もしそうなった場合、ミスでは済まされません。戦争勃発の引き金となってしまうでしょう。

それについてトランプはまたしても「マッドマン」「常軌を逸した人物」と呼び非難します。

そして23日にはB1爆撃機とF15戦闘機が北朝鮮東方沖の空域を飛行。今までで最も北側まで飛行したことになります。

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かなり緊迫した状況ではないでしょうか。互いに攻撃の意思があることを明確にしています。

 

一方、北朝鮮内部では軍の中堅幹部クラスの不安・動揺が広がっているそうです。中央は米国に必ず勝利する!とうたってはいますが、地方では全く信じていないようなのです。金正恩による粛清の嵐によって、忠誠心・愛国心を持ち続けることが難しくなっているとの情報もあります。アメリカによる「斬首作戦」にも過敏になっており、本人のストレスは相当のものだといいます。

こうなると内部崩壊も考えられますが、追い詰められて自暴自棄になった金正恩がもろもろ巻き込んで暴発というシナリオもあり得るかもしれません。

 

現在北朝鮮朝鮮半島に核戦争の危険が刻一刻と近付いている」と声明を出しています。もう戦争やむなしのところまで来ているといえます。

中・露は対話方針の姿勢を崩していません。北朝鮮の裏にはなんと露がバックについているとも言われています。

各国は政治手腕を駆使し戦争回避の方向に何としても持っていって欲しいものです。

今後の展開には要注意です。