なるがままにされよう

アラフォーおっさんが好き放題書く雑記ブログ

私の一人暮らし 

僕の初めての一人暮らしは18歳まで遡る。

 

とにかく田舎から出て都会へ行きたい、ただそれだけが望みだった。しかしウチには金銭的余裕など無く、高校卒業後は就職しか選択肢はなかった。それでも何とか親を説得し、「アルバイト進学」という方法で1年間都会の専門学校へ通わせてくれる事になった。

 

アルバイト進学とは文字通り、アルバイトをしながら学校へ通う事だ。面倒を見てくれるお店の寮に住み込みながら、昼間は学校、夕方からはそのお店で働くという生活を送る。結構ハードな1年間だったがとても楽しい1年でもあった。今でもその頃の記憶は鮮明に脳裏に焼き付いている。

大きな荷物を両手にした18歳の田舎者が、アルバイト先のお店の前に到着したときの光景を今でも思い出せる。今ここから、新しい生活が始まるんだ。キラキラと輝いていた。

 

そして、店から徒歩10分ほどの距離にある寮に到着。その建物を見て唖然としてしまった。

とにかくボロなのだ。所々壊れたり錆びまくっており、築40年以上は経ってそうなボロアパートだった。しかしここで生活している従業員の方もおられるので、不満ばかり口にしてもしょうがない。なんせタダで住まわせてくれるのだから。感謝せねば。

 

3階建てのボロアパート・・もとい、寮の2階の一室が僕に与えられた。1フロアに4室あるのだが、すべて埋まっておりここしか空いてないという事だった。そして僕の他にもアルバイト進学の仲間が3人いるという。その3人はすでに入居しており、僕が一番遅かった。

建物の通路はじめじめとして暗い。怪しさ満開だ。そして部屋のドアを開けた。

真っ暗。

通路の暗さと大して変わらない。ひとつある窓からほんの少しの光がぼわ~んとあるだけで、夜のように暗い。窓を開けてみるとすぐ壁。手でペタペタ出来る距離だ。部屋は4畳ほどか。あるのはパイプベッドと、水道の蛇口がひとつだけ。エアコン、風呂、トイレ、ガスは無い。

とんでもないところに来てしまったと後悔したが後の祭り。ここで1年間暮らさなければならないのだ。初めての一人暮らしにしては試練が大きすぎる。

 

しかし、そんな僕を救ってくれたのが同時期に入居した3人の仲間たちだ。彼らがいなければ僕はきっと病んでいたに違いない。そう思えるほどに彼らの存在は僕を助けてくれた。

 

2階に僕ともう一人、3階に2人住んでいたのだが、何と驚いたことに、彼ら3人の部屋にはエアコンが付いていたのだ。なんで?しかも2階の奴の部屋は広い。10畳はあるかと思われる広さだ。そして僕が一番羨ましかったのが3階に住む2人の部屋だ。

もうまぶしいほどに差し込む太陽の健康的な光、これが一番羨ましかった。到着が2日早ければこの部屋をゲット出来てたかと思うと、後悔しっぱなしだった。僕に残り福はまるで無かった。

 

部屋が暗いのはダメだ。人間は太陽の光にあたってこそ健康でいられる。朝を迎えてもまだ夜の様な感じで分からず、寝すぎてしまう事が多々あった。気持ちも萎えてしまう。なのでその後住む部屋の条件として陽当たりが最優先事項になったのは言うまでもない。

 

それでも数か月が経ち、生活にも何とか慣れてきた。風呂は仲間と楽しく銭湯へ、洗濯機、トイレは共同だが特に不自由なし。食事も賄い付きなのでほぼ不足なし。ただ夏の灼熱地獄部屋だけは無理だった。ほぼ密閉された4畳ほどの狭い空間の暑さは正気の沙汰ではない。窓を開けてもソヨとも吹かない風、扇風機などはまるで役に立たなかった。そして僕は夜な夜な仲間の部屋をノックする。エアコンのある涼しい部屋で寝かせてもらうために。それでも嫌な顔一つせず、彼らは僕を部屋に入れてくれた。

 

しばらくして3階の部屋がひとつ空いた。僕は移動しても良かったのだが、何を思ったかこの4畳の暗い部屋に愛着?が湧いていたのでやめてしまった。それよりもみんなの部屋として使う事にし、よく集まって酒を飲んだり(未成年だったが)、クーラーで涼んだり、雑魚寝する集合部屋になっていた。

 

住めば都という諺のとおり、こんな不自由な環境でも適応できている事に自分でも驚いていた。これはやはり同じ釜の飯を食った仲間が居たからこそ言える事なんだが、それでも何もない部屋でも十分生活は出来るものだ。少し不自由な位がちょうど良いのだ。

 

すぐ隣の部屋に従業員の先輩が住んでいたのだが、よく女を連れ込んでコトをおっ始めたりもしていた。ボロい建物なので壁も薄く声がもう丸聞こえなのだ。18歳の性欲真っ盛りの僕は耳をダンボ(死語)にしながらこれを堪能させて貰った。かなり世話になった。

ある時ドアが少し開いていたようで、従業員のおっちゃんがそれを覗いていたらしく、見つかってぶん殴られていた。怖かった。

 

そして冬がやってきた。すきま風がとてつもなくさぶい。暖は安物のセラミックヒーターなるものだけだった。凍死するんちゃうかと思う位寒かった。窓に目張りをして冷気を遮断し、湯たんぽは毎晩欠かせなかった。

 

そんな生活もいつの間にか3月を迎え、学校もまもなく卒業、同時にこの住み慣れた部屋ともお別れとなる。1年とはなんて短いんだろうか。

この頃には自分の住むこのボロい寮が大好きになっていた。否、大好きというより、僕を育ててくれた親の様な感覚と言っていい。酸いも甘いも、この寮は僕にたくさんの事を経験させてくれた。

 

数年前偶然ここを通りかかり、土地開発で更地になっている場所もあったのだが、この寮が未だ健在(!)していたのに驚いた。僕の住んでいた部屋にも誰かが住んでいるんだろうか。あの頃を思い出し、仲間と過ごした1年間を懐かしんだ。今はどうなっているのか分からないが、建物も相当古いので建て替えられているかもしれない。

 

その後学校を卒業した僕は無事会社に就職、会社の寮生活を経て24歳で本当の一人暮らしを始めるのだが、この時の経験のおかげか、どんな物件でも不満は無かった。

実際ふらっと寄ったエ〇ブルで、紙面のみで物件を見ずに即決したのだ。今から思うと自分でもかなりのドン引きアホ行為だと思うが、なんだろう、その時は直感で「ここにします」と言っていた。結果は大満足。かなり稀なケースだとは思うので真似はしない方がいい(笑)

最近のフル装備至れり尽くせりの部屋はとても魅力的だ。しかし僕にとってそれらの装備は特に重要ではない。住む場所がある、それだけで十分ではないか。他に何もいらない。

 

ただ、陽当たりを除いては。