なるがままにされよう

このGブログも今年2周年だそうです。中身はありませんので悪しからず。

Choo高年TRAINで行こう

なるがです。

 

  小学生の頃、友達とのやりとりの中で頻繁に出ていた「オレ、命かけれるし!」というフレーズを久々に耳にしました。いったい何を根拠にそう言えるのか良く分からないのですが、今考えてみると深みのある言葉だな〜と思うのです。

  この文言はキメの一手、相手に譲歩を促す事が出来る最強ワードとして、当時は誰もが使いまくっていた記憶があります。間違いなく命をかける気などサラサラないのですが、それだけ「俺は本気だ!」と伝えるのに非常に役に立っていました。皆があまりに多用するので、「お前、命かけるか?ヒヒヒ……」と逆に突っ込まれるなど、もはや命が軽く弄ばれているだけで、ただのハッタリ合戦と化していたのでした。

  50歳を目前とした今の自分に「オレ、命かけれるし」と言い切れるモノはあるか?と問うと、真っ先に思い付くのが『家族』になるのだと思います。だけど家族の何に対して命をかけれるのか? そう考える時、それはそれで素晴らしいのですが、命をかけても死んでしまっては元も子もないな、とも思うわけです。ギリギリのラインを攻める訳です、命をかけるという事は。

間違っても命をかけるのは『仕事』でない事は確かです。

 

  家族を養うために朝から晩まで必死に働き、子どもたちの為に少しでも多く蓄えを残し、命をかけて守って行く……アレレ? どうも命をかけているのが『仕事』のようで何だか腑に落ちない感じもありますが、それでも万が一死んだらどうなる? 残された家族はどうなる?人はいつ死ぬかは分かりません。明日死ぬかもしれませんし。

   今思うのは、如何にして長く生きるかに命をかける、即ち「死なない生き方」をする事です。僕は生きて未来を、出来るだけこの目で見てみたいのです。まぁいずれにせよ死ぬんですが。

 

  また、残される子供が必ずしも幼いとは限りません。今深刻化している8050問題、ちょうど僕と同世代です。親が死んだあと引きこもっている中高年の彼らが取り残される問題です。現在引きこもっている中高年は推定61万3000人と言われています。しかし実際にはもっと多いとの報告もあります。僕の両親は有難い事にまだ健在ですが、80になろうかという年齢、まさに8050どストライクな時代にいます。

 過去に「5080喜んで」と保険のキャッチフレーズがありましたが、この数字ももはや違う意味と化し、全然喜べない非常に重い数字となりました。

  同級生にも数人いると風の便りに耳にしたことがあります。40を過ぎてから引きこもる事も多く、その原因はとても複雑です。社会生活での挫折や鬱がきっかけで退職、復帰できずに引きこもるパターンが多いと言います。

 

  これは本当に良く分かります。僕も42歳で転職した時、次の職場が中々決まらず無職に王手がかかる恐怖を味わいました。20代での無職などとは比べものにならないくらい焦りと不安は桁外れでした。これは体験しなければ分からないでしょう。

  もうダメだ…と諦める寸前で仕事が見つかり現在に至るのですが、そこで諦めていたらどうなっていたか分かりません。復帰のタイミングを逃し、引きこもっていたかもしれません。

 

  また、18歳から21歳の頃は視線恐怖症?のようになり、とにかく人の多い場所では注目されていると錯覚し、街へ出る事が恐怖だった時がありました。

  今思えば充分引きこもる要因になる出来事だったと思います。気持ちを落ち着かせるサプリを飲んだり(全く効かなかった笑)、負けそうになる自分にムチ打って外へ出るようにはしていました。引きこもれば安心出来ましたがとにかく認めたくはありませんでした。認めたら負けだと。

 

  話は少し逸れますが、その頃バイクに乗っていたのでいつも一人で走っていました。

  バイクに乗っている時は孤独だけど孤独じゃない。こいつのおかげで外にも出れたし、知らない世界を知る事も出来た。引きこもらずに済んだのも、こいつのおかげだったのかもしれません。

 

  かと言って今引きこもっている中高年に今すぐ社会へ出ろと言っているわけではありません。最終的には出ろになるんですが、やはり出た方が良いと思います。働くと言う意味で。働く意思はあるのだからきっとまた出来ると思います。

  彼らが復帰するにあたり、僕が思う一番重要な事、それは受け入れ側の人間次第だという事です。

  働くという事は、色んな人の中へ、色んな価値観の中へ入らなければなりません。しかし悲しいかな、いつの時代も何処にでも人をイビる人間は存在するのです。そのような職場や人間に当たるとめっぽう弱いので、すぐに逃げたくなります。

 

  そして僕と同じ中途採用組。彼らはいつもプレッシャーに晒されています。入って比較的直ぐに辞めて行くのも、そのプレッシャーに耐えられず馴染めないからです。

  特に中高年に対してはアタリがきつい様に感じます。歳の離れた年下からアゴで使われたり、暴言を吐かれたり、毎日の様に噂されていたり。要は「品定め」されている状態なのです。それに耐えられずに辞めていった人間をたくさん見てきました。

  そして常に悪いところを探し、それを話のネタにしているタチの悪い人間もいます。良い所を客観的に見てくれる人間は本当に少ないです。

  辞めていった人たちはその後どうしているか分かりません。

  政府は非正規雇用の正社員化を図っているそうですが、今引きこもっている彼らを雇えるように出来ないものでしょうか。

  上記のように「非正規の中高年はクズ」「無職は犯罪者予備軍」みたいな見方をする人間は確実に存在します。これが引きこもりを増長させている元凶のひとつとも言えます。言わせてもらえばクズのような正社員こそクソ程います。

  この8050問題は彼ら本人の努力も当然必要です。否、自分以外に解決できる方法はないでしょう。覚悟を決める事も必要です。それこそ『命をかけてでも』です。

 その努力を後押し、フォローできる体制、受け入れ側の人間の意識、働きやすい環境を提供する事、それが私たちの出来る事です。即効性はありませんが、じっくりと時間をかけて丁寧に行えば彼らが自立できる可能性も見えてくるのではないかと思うのです。しかしどちらが折れても上手くいかない。

  弱い者たちが夕暮れ、さらに弱い者を叩く世の中、必要なのは私達が受け入れ、手を差し伸べてあげる事です。

 この問題を放置すればどうなるかは火を見るより明らかです。見えない自由が欲しくて、見えない銃を撃ちまくっている彼らを、この先どう導いてあげられるのか。50と言ってもまだあと30年は生きられる時代なのです。

 道のりは辛く険しいものになりますが、土砂降りの痛みの中を傘もささず、やらしさも汚らしさもむき出しにして走り、栄光へ向かって走るあの列車に乗って行こう。

まだ間に合う。人生はまだまだ終わっていない。終わらせてはいけない。

 

  と、綺麗ごとばかり述べて考える事は理想が高く、実際は何も動かないのが僕という人間です。今は自分たち家族が生きるのに精一杯だけど、同世代としてこの61万もの人たちをどうにかしてあげたいと。その思いだけです。

 ただ最後のほう、あざとく暑苦しい文章になってしまったのはご容赦ください。。。