なるがままにされよう

このGブログも6年目に入りました。気が向いたときに書きます汗

錦鯉のM-1優勝とキャラメルコーンのピーナッツ

なるがです。

 

 久々にキャラメルコーンを買ったので、今それを贅沢に一人で食べているのですが、ふと思ったのです…「ここにピーナッツを入れよう!」と発想した人はすげぇな、と。

何故この甘いスナック菓子に、つまみの部類に入りそうなこのピーナッツをチョイスしたのか。『マリアージュ』と呼ばれる食した時の一体感等は完全に無視しているとしか思えない、異種同士の組み合わせ。

確かに子供の頃からこのピーナッツは「余計なもの」でしかありませんでした。甘いサクサクとしたお菓子の最後に待っていたものは、その甘美な余韻を全てぶち壊してしまうくらいの破壊力を持ったごくわずかなピーナッツなのでした。

当然の様に食べる気になれずゴメンナサイしていたのですが、おっさんの正に今、このピーナッツの何たる旨さよ。子供の頃には分からなかった、否、子供には味わいのレベルが高すぎたのだ。

故に冒頭の「ここにピーナッツ…」を発想した人はすげぇな!と思った訳です。

 

 そしてこれには実は深い意味合いがあるそうで、製造梱包時にこの塩味のローストピーナッツをコーンパフの上からふりかけるんだそうです。そして搬送時にトラックでガタンゴトンと揺られる中でだんだんと下に落ちて行き、その過程で塩とナッツの香りが袋の中で絶妙なバランスとしてまとわりつくんだそうです。

そして私たちが口にした時には程よい塩梅の甘じょっぱさに仕上がっている!という……そこまで考えられていたのかと驚きました。

 

 でも僕は何か腑に落ちないと言いますか(やめとけ)、ただの思い付きで入れたんじゃないの~?と思うのです。たまたまピーナッツ好きなおっさんが、「これも入れたれッ」的な(笑)絶対にこの絶妙塩梅な解釈は後付けだと思ってます(悪意はありませんので…!)

 

しかしどうでしょう、このキャラメルコーンが発売されたのは1971年、なんと50年も前から発売されているのですよ。これは知りませんでした! 気まぐれで(違います)ピーナッツを入れてここまで長く続くでしょうか? やはり何か理由があるのです。

キャラメルコーンは僕が生まれる前からの大先輩ですね(2歳差だからほぼ同期汗)

 

 話をピーナッツに戻すとですね、このピーナッツは『キャラメルコーンには無くてはならない存在』として、メーカー側も「コーンパフ」「キャラメルシロップ」と共にキャラメルコーンを構築する重要な要素の一つとして取り扱っています。

今では「キャラメルコーンのあのピーナッツ!」として独り立ちまでしたくらい(現在は終売)ですから、あのピーナッツは発売当初から相当な異彩を放っており存在感が半端なかったのです。

 

 ですが僕の幼少期の様に、食べられずに廃棄されていた事もきっと多かったはずです。ピーナッツい~らな~い、と言う声も確かにあります。

それでも、捨てられても、食べられなくても、その存在意義を問われながらも、腐ることなく地道にコーンパフとキャラメルシロップに喰らいつき、ついにメインと肩を並べるまでに出世したのです。これは世間が、消費者があのピーナッツを認めた、という事に他なりません。

 

ナッツ好きのおっさんが気まぐれで(注:勝手な妄想です!)放り込んだピーナッツ、世間の冷たい風評にもマケズ(注:勝手な妄想です!)放り込み続けたピーナッツ。それがいつしか本物になり、なくてはならない存在までに昇華した!

 

あぁ、これは錦鯉M-1優勝のサクセスストーリーと重なって見えてきます。ちょうどキャラメルコーンと長谷川氏は50歳の同い年。渡辺氏も43歳と決して若くはない年齢です。

二人が悩みながら歩んできた長い長い道のりは、M-1優勝というこれ以上ない形で花開いた。錦鯉本人たち以上に周りの芸人たちが嬉し泣きしていたのも強く印象に残っています。40歳を越して芽が出なければ、普通ならとっくに諦めてしまう年齢です。でも彼らは諦めなかった。若手にどんどん追い越されていく中で一体何を思っていたんだろうか。

 

 同じおっさんとして、この状況と似たような経験があります。僕は仕事が出来る人間ではなかったので中々上に行けず、気づくとガンガン後輩に抜かされていました。正直なところ、仕事に対して真摯に向き合っていなかったと思います。まだ若い時に先輩から「歳だけ食ったあんな風にはなるなよ」と仕事の出来ないおっさんを例に言われてたのにも関わらずです。あぁ、今の自分がそれになりかけていると気付いて僕は逃げるようにして辞めました。必要とされていない空気が耐えられなかったのです。でも逃げてなかったらそれこそそこで諦めてしまってたと思います。その場所で再起を図る選択も出来ましたが、そこから挽回するのはとても困難だと実感しました。

そして何回か転職をしてきて今はようやく自分の場所を確立できていますが、現在も年下上司なんて当たり前の環境で働いています。しかしお互いに敬意をもって接するおかげで、すごく気持ちよく働くことが出来ています。そこには年上・年下にこだわる変なプライドなどはありません。仕事が出来る奴に、頭が切れる奴に年齢は関係ないんだなと。それを受け入れることですごく楽になれる事が出来ます。

 錦鯉の二人もずっとそのような、いえ、もっと過酷な環境だったに違いありません。若手芸人に交じっておっさんが生き続ける事で色々言われてきただろうし、抱えた思いは表には出さずとも実際は相当しんどい状況であったのは想像に難くありません。

 

僕が今になって思うのは、年上・年下に拘るという中学生の様なメンタリティで生きているおっさんの多い事。そういうのに限って仕事が出来ないのに、年上に向かって~…!みたいなのを持ち続けています。逆に年上をないがしろにする若手も問題ですが。まぁ、こういうのはどこへ行ってもやがては通用しなくなります。ヘコヘコしろと言うのではなくてですね……(以下略)

 

 とにかく錦鯉のⅯ-1優勝は僕も含めた、ちょっと外れかけているおっさんたちへのいい起爆剤になったと思います。オール巨人さんの「50歳は若い、これからやで。」という言葉がもうすぐ50歳を目前に控えた僕にとって、どんなに励みになっている事か。

すぎやまこういち氏も50歳からドラクエの楽曲に関わりましたし、ケンタッキーフライドチキンカーネル・サンダースは65歳からの起業でした。いつどこでブレイクするかなんて分かりません。そして錦鯉の優勝から改めて思うのは、

『何事もあきらめては成し得ない、やり続ける事』

なんだと。

 

目的を持ってあきらめずやり続ける。

それはよく聞く『成功の秘訣は成功するまでやる』事と同じですね。

それを実際に目の当たりにした事でこれはきっと人生の法則なのだと思いました。

 

 静まり返った職場でひとり、たまった事務作業の傍らキャラメルコーンをむしゃむしゃほおばりながら時折現れるピーナッツを食べ、ふとそんな事を思っていた2021年の年の瀬なのであります。