なるがままにされよう

このGブログも今年2周年だそうです。中身はありませんので悪しからず。

選挙に見る日本人の生き方と二人の帰還兵

なるがです。 

 

  先日行われた(もう先日でもないか)参議院選挙の投票率は48.8%、過去2番目の低さでした。雨や台風などでの災害も重なり投票出来なかった事も関係していますが、半分以上が棄権しているという事実は結構やばくないですかね。今回も投票に行きましたが、結局身内、関係者だけの選挙という事ですか。

  行かなかった人たちは何も期待してないか、考えるのが面倒なんですかね。盛り上がっているのは身内と関係者だけ。僕の一票はカスみたいなものだったという事です。何となくそんな風に感じます。

  でも棄権した人たち全員が投票に行っていたらもっと面白くなってたと思うのです。

 

  2016年から18歳選挙権が導入されましたが、今回10代は約3割しか投票に行っていません。まぁ、殆どの10代は政治なぞ関心はないでしょう!  今が一番楽しい、遊びたい、ヤリたい盛り(野球とか)の年代です。

遊ぶ事に忙しいので頭の中は政治のセの字もないはずです。僕も若い頃は平和ボケの塊の様でしたから、なーんも考えず毎日遊び呆けていました。

どこか別の世界の事の様に感じてたくらいですから呑気にも程がある(笑)

 

  しかしテレビでは政治家の不正や不倫、パワハラ、不用意な発言と居眠りしかやっていません。そんな政治家は辞めてまえ!となるのですが、結局僕らが考えることはそこまでで、あの人最低いらんわーで終わりです。

お父さんもお母さんもみんな忙しい。毎日を生きるのに精一杯です。だから議員がいて代わりに私達の声を聞いてくれるのですよね。

その議員が、例えばおっぱい揉みたいとか、お前死ねよとか、1500円ですとか、2千万作れなかったらやばいとか言ってるならもう何も期待しません。ちーがーうーだーろーー!毎日を必死で生きている人たちにとってのそれは侮辱です。本当に国民の事を思って真剣にやってくれてるの?

 

  テレビの報道はいつもそんなものばかり、毎日の様にそんなもの見せられて、選挙に行ってもどうせロクなもんにならないと思ってしまうのも無理はありません。正直なところ、用紙を投票箱に入れる瞬間は驚くほど無心です。僕はいったい何をしているんだろう?投票所を出てからは自分の冷たさに気が付いて次の感情を求める。。。

 

  だけど、なんやかんやと言ってる割りには普通に生活しているし、消費税が上がっても、物価が値上がりしても、国民は最初だけ文句を言いますが、その後は飼い慣らされたように大人しくなってます。僕がそうなんですが。

 とんでもない不正が発覚しても、巨額の税金無駄遣いによる国民の怒りも、喉元過ぎれば熱さを忘れる様に、気づけばいつもの生活に戻ってしまう。国民の半分は考える事を止めてしまっているのです。対岸の火事、どこか遠い国の出来事の様に。

そんな気がしてなりません。

まぁ、僕がそうなんですが。

 

 

話は変わりますが、

1974年(昭和49年)フィリピン・ルバング島より一人の日本兵が帰還しました。実に終戦から29年後の事です。

 

『恥ずかしながら帰って参りました…』の横井庄一伍長ではありません。彼は一足先の1972年にグァム島で発見され帰国しました。

立て続けに起きたこの帰還劇は、平和に慣れてきていた当時の日本人たちに戦争ということの記憶を蘇らせ、気を引き締める考えさせられる出来事でもありました。

 

小野田寛郎 少尉(当時52歳)

  横井さんと違うのは、彼は司令部命令によってひたすら任務の遂行、ゲリラとして抗戦を続けていたという事です。その後(いろいろ中略:これが中々面白い)日本の敗戦を知りつつも、任務解除の命令が無ければ帰らないという事で、当時の上官である谷口義美少佐からの任務解除通達によってようやく降伏、終戦、帰国となったのです。

何という軍人精神。

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  彼のことは大人になり随分経ってから知ったのですが、報道陣の前に表れた映像を見た時かなりの衝撃を受けました。これは現在でもYouTubeで見る事が出来ます。

ビシッと伸びた背すじ、キレッキレの敬礼と隙のない鋭い眼光。周りのわいわい空気感とは明らかに違うものを出しており、これが本物の軍人なのか!と思いました。

さぞかし疲労困憊かと思えばそんなものは微塵も無く、痩せてはいますがその凛とした佇まいからは現役の将校そのものと言える風格と威厳が感じられました。

 

しかし小野田さんは帰国して半年でブラジルへ移住します。浦島太郎よろしく、何もかも変わってしまった現代の日本の中では生き辛かったのです。

 逆に横井さんは生活に馴染み、帰国の2年後には参議院選に出馬する程活動的でした。

他にはジャングルでの経験を元に執筆、サバイバルのノウハウを教える等、精力的に取り組んでおられました。

  一方、小野田さんはブラジルに渡り牧場を立ち上げ、10年で軌道に乗り成功します。日本を離れてからは顔が本当に楽しそうで、表情が実にいきいきとしているのです。

 

 彼はそれ以前の自分の顔を、「あれは人間の顔じゃない、ケダモノだ」と言い放っています。30年もの間、ルバング島民たちにプレッシャーをかけ続け人命をも奪っていた事実は、その後を生きてきた彼の中で自戒をこめて言った言葉なんだろうと思います。

 

『私は戦場での30年、生きる意味を真剣に考えた。  戦前、人々は命を惜しむなと教えられ、死を覚悟して生きた。  戦後、日本人は何かを命がけでやることを否定してしまった。覚悟をしないで生きられる時代はいい時代である。だが、死を意識しない事で、日本人は生きることをおろそかにしてしまってはいないだろうか。』

 横井さんも亡くなられる前にこんな事を言っています。

『帰って来るんじゃ無かった。贅沢に慣れ過ぎた日本人、どこか間違っとりゃせんか』

 

現代の価値観と比較しても仕方ないのですが、人間として大切なことを教えてくれているように思えるのです。極限の生活を長い間続けてきた彼らだからこそ、否、彼らしか体験でき得なかった真実の様なものを伝えたかったのでは、と思います。

 

 小野田さんは1984年、過去の経験から「小野田自然塾」を立ち上げ、子供達に生きることの意味を伝えている。

『子供たちに願うのは、人間がたった一人で生きる辛さ、怖さ、弱さ、友達と一緒にいる喜び、生きる意志の大切さを知ってもらうことだ。人間は一人では生きていけないのだから。』

 

  横井さんは82歳で、小野田さんは91歳でこの世を去りました。

この二人が、30年というとてつもない時間と青春を費やし自分と向き合ってきた事実、そこから紡ぎ出される言葉には大変貴重なものが隠されていると捉えます。

 

すなわち『自分で考える事』が大切だ、という事なのではないかと思うのです。

 

 生きるスキルをつけろ、サバイバルしろと言っているのではなく、この平和な時代においても考える事を止めてはいけない、何でも任せっきりにしてはいけない、と言っているのです。そういうことですよねお二人さん?

 

 選挙における投票という行為が、私達が全体として考えることが出来る、行動することが出来るひとつの手段であり、『自分で考えた』集合体として現れるものならば、これはやはりおろそかにしてはいけない事だと思うのです。

 昔の僕のようにやってもやらなくても一緒、などと思う事は考える事を放棄している、人任せの無責任な行動なのだと自覚しなければいけません。

 

 今の若い人達や僕ら世代でも、この二人の帰還兵の存在を知っている人は少ないでしょう。ただ帰ってきただけの人ですが極限を生き抜いてきた二人です。この二人から学べない事などあるのでしょうか。僕はそう思います。

自分で考える。考える事を止めない。行動する。

Pナントカサイクルをまわすことに似ていますね。

 

まとめ

だから、選挙いこう。