なるがままにされよう

アラフォーおっさんが好き放題書く雑記ブログ

夏休みの思い出は

なるがです。

 

夏の一大イベントである『夏休み』。児童と学生だけにしか与えられないこの長期休暇も、気付けばあっという間に終わってしまいました。楽しい夏休みを過ごせたのでしょうか。しかし、タダで休みを与える訳ではない、それ相応の対価は払ってもらうぞ。ということで、毎年頭を悩ませるのが『夏休みの宿題』です。

小学5年生の娘は残り一週間で慌ててラストスパートをかけておりました。どこの家庭でも見かける、夏の風物詩みたいなものでしょうか。うちだけではないはずです。

これはまさしく僕の血と言えるでしょう。ギリギリまでやらない。いや、ギリギリになってからやる。否、やらざるを得なくなってやる、と言う方が正しいか。

しかし、娘が僕と違う所は残り2日を残してやり切っていたという事です。

「ほれ見てみ、言わんこっちゃない。」と、言う気まんまんで居たのですが、娘は、「終わったし?何か?」と涼しい顔で言ってのけたのです。

「あ、そ、そうなん?…。」普通こんなはずではない。

 

僕が小学生の頃はもっといろいろあった気がする。通常の科目に加え、朝顔の生育記録、絵日記、読書感想文、自由研究などなど多岐に渡ってました。ほとんど記憶に残っていないのですが。

あと、宿題とは違いますが、ラジオ体操の出席カード。最近やってる所を久しく見ていないですね。これも提出義務がありました。

夏休みと言えど、半強制的だったラジオ体操。でも出たら出たで、とても清々しい気持ちになって帰って来てたのを思い出します。

体操終わりに判を押して貰うのですが、あの『出』のハンコ、当時は凄く崇高なものに思えてました。年季の入った細い木の棒と朱肉の醸し出す神秘的なマーク、圧倒的存在感を放っていました。そして独特な雰囲気のカードと相まって…何言ってるかさっぱり分かりませんね。

そして最終日にはささやかですが、お菓子と文房具の入った詰め合わせが貰えました。消しゴム一個とエンピツでもめちゃくちゃ嬉しかったなぁ。

 

まぁそれは置いといて、今まで一番困難な夏休みの宿題が中学2年の時にありました。それは何と『作詞作曲』。プロか!

秋に行われる学級の唄コンクールなるものがあり、その為の宿題なのですが、これにはしこたま手を焼きました。当たり前だ。自分で考えたメロディを譜面に起こすなどの高等テクが厨二のガキにあるわけがない。先生も酷な事をするものです。

真面目な僕はそれでもやってみるのですが、当然チンプンカンプンな訳です。

まず作詞だ!と思い詞を考えるのですが、自分で書く詞の何と恥ずかしい事!その時代の中2の語彙力の最高峰が「波動拳」だった事を思えば想像が付くと思われる。

いや、それより先にメロディを作ってそれに歌詞を乗せよう!…メ…メロディが浮かばねー…。

産みの苦しみとはこんなに半端ねーのか!と今ならそう思うでしょう。が、その頃は自分のそんな状態すら理解出来ていないのです。完全に頭真っ白とはまさにこの事。

書き出しから躓き、完全に行き詰まった8月31日の夜10時過ぎ。

僕は最終手段に出ます。

 

作詞:おかん

作曲:すぎやまこういち

 

おかんは嫌々ながらも仕方なく(楽しそうに)書いてくれ、僕はそれに音を乗っけていきます。メロディはその頃大好きだったドラゴンクエストこの道わが旅」…。

ウッ…恥ずかしすぎる!

なんなんだこの良いメロディとクサイ詞のコラボは!とてもじゃないが自分で歌えない。とにかく主旋律のオタマジャクシだけをピアニカで拾って適当に五線譜に乗せていきます。しかも4分音符オンリー。こうなればメロディもクソもない。

途中からはヤケになる事で逆にサクサク進み、何とか完成にこぎつけました。4分音符がずらりと並ぶ何とも恐ろしい楽譜が出来上がりましたが、完成したと言う満足感がそれを上回っていました…。

 

夏休みの最終日にこんな事しててはダメですね!

これは社会人の今でも変わってないかもしれません。ギリギリになって慌てる。わかっちゃいるけどやめられない、のですね〜。基本呑気ですから。

 

ちなみに、例の学級の唄コンクールでは12クラス中第2位。中3の時は第3位。と僕のクラスはとても優秀でした。中3コンクール時僕は指揮者をしておりまして、ピアノと合唱隊40人ほどをまとめながら指揮をとっておりました。大変でした。

というのは嘘で、ただ棒を振るだけの完全なハッタリ指揮者でした。指揮棒を振りながら、「自分は今一体何をしているんだろう」と指揮者にあるまじき事を考えていました(内緒)。ズブの素人が何故指名されたのかあり得ない未だにわからん出来事です。その時提出した楽譜ももちろんパクりでした。

当然中2の時提出した「ドラクエみたいなもの」は不採用。

たぶん先生は見ずに、いや、1秒だけ目を通してゴミ箱へポイした事でしょう。おかんが頑張って?書き上げた詞は即座にゴミと化したと思料。

結局ピアノを習ってたり音楽の知識がある生徒の作品が日の目を見るのは明らかで、まさに出来レースと言えるものでした。一体何がしてーんだよ!と当時は思ったものです。

 

だいぶ話がめちゃくちゃになりました。

 

夏休み明けの子供達はいろいろと感情の起伏が多かったり、不登校になりやすい時期でもあります。親はしっかりと観察する事が必要です。幸いうちの娘はその傾向は無いようですが、昔と現代の子供たちの環境は驚くほど変わってます。

僕を含めて、親の古臭い価値観は役に立たないと認識し、しばらくは注意して動向を見守っていかなければならない時期です。しかしサポートの仕方を間違えることが大変多いと聞きます。「学校に行きたくない」と言っているのに、親が「頑張れ!頑張れ!」と言ってたり…も良くないそうです。

難しいですけど自分たちの子がいつなるとも限りません。そんな時僕はどうしてやれるだろう。今しっかりコミュニケーションを取る事しか出来ない、分からないです。

出来る事は作詞ぐらいですな。