なるがままにされよう

このGブログも6年目に入りました。気が向いたときに書きます汗

朝礼での唱和が嫌いです

なるがです。

 

 会社勤めのサラリーマンならたぶん毎日やっていると思われる朝礼。一日の流れや報告、共有事項の伝達など、これがある事でスムーズに仕事を行えるようになる大事な作業です。会社によっても朝礼のスタイルは様々で、体操を行ったり、たっぷり時間を掛けたりしている所もあるようです。

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 僕がペーペーの時の会社では、朝礼は5分ほどで終了(笑) 共有事項のみ報告して、後は喫煙所へ直行。みんなタバコ吸いたくて仕方ない人達ばかりでしたから。

 朝礼というより一服タイムだ!という認識でした。でも喫煙所で内容の濃いミーティングもあったりしたので、これはこれで有りでした。

 

 次の会社では、企業理念の書かれたポケットサイズの冊子が社員一人一人に渡され、朝礼時にそれを唱和するということをしていました。

 この時初めて唱和するという事をやったのですが、後に入った会社でも、現在の会社でも、この『企業理念の唱和』というものが朝礼とセットになっているのです。世の中のトレンドなのか??と思ったものです。

 

 中には夢や目標を大声で絶叫したり発表したりするところもあるそうですが、運良くそういう感じではなかったので助かりました。しかし20数年前はザラにあったような気がします。これは軍隊などの手法でよく見かけますよね。アメリカ陸軍の軍曹等が新米兵士を怒鳴りつけてこき下ろすシーンとか。まぁこれは兵士ならば必要な洗脳だと思うのですが。

ところがこの絶叫が結構モチベーションアップに繋がると言いますか、気持ちを高揚させるのです。よーし!俺はやるぞー!って気になるんですよ。スポーツでも試合直前に円陣組んでやるあれです。要はあれを仕事の現場に持ち込んだ訳ですね。

 

実際に旧日本陸軍では戦争末期において、兵達の下がった士気を上げる為に毎日この様な唱和が行われていました。

上官が「ヤルゾー!」と叫び、兵士は「ヤリマス!」と絶叫。

 

これがアメリカ軍撃滅を目的として行っていたと言うのですから、当人同士はともかくとして何とも痛いやら哀しいやら複雑な気持ちにもなります。

ちょっと話が逸れてしまいました。

 

 しかし、この『唱和』ですが、未だにやる意味が理解出来ないのです。字面をただ暗記して、ただ棒読みしてるだけだからです。どうしても気持ちが入らないんですよ。

これは今まで在籍していた会社でも同じでした。

 どの上長も『暗記するまで呪文のように唱えるべし』みたいな事を繰り返し言っておりましたが、それをやってどうしたいの?といつも思っていました。

 暗記は出来ました。でも、誰一人としてその理念に基づいた行動を取っている者は居ないのです。(僕も含みますw)

 

 「何かあったとき、その理念を思い描き、行動の指針にするのです」 

と、もっともらしく解説してますが、そんなきれいごとを守っている人間を見たことがありません。

 守っている社員がいるとしたら、ヒマか、仕事してないかのどっちかです(笑)

 

 そもそも企業理念など理解せずとも、一般の常識で良識ある行動をするなら自ずとそれにマッチしてくるものです。それを無理やり企業理念とやらにドヤられているわけです。別に憎い訳ではないですよ。

 

 理念はもちろん大事ですが、朝礼での唱和の時間は大嫌いなのであります。

 まわりを見ても何の気持ちもこもっていない、ただの朗読時間に成り下がってます。

 この職場だけなのかと思えば違うのです。たくさんの部署を見てきましたが、ほとんどが似たような感じでした。読んで満足、ソラで唱和出来ますドヤァ。なのです。

 その割に実際の仕事内容には一切反映されてないという。一切ですよ(笑) 朝礼の直後にはすべて忘れ去られている風に見えるのは僕の気のせいでしょうか。

 まぁ、他の企業ではしっかり行われているんだと思いますよ。

しかし僕が見てきた会社、全部そうだったので(笑)

 

 急にクレドなるものが配布され、唱和を始めたかと思えば、しばらくして誰もやらなくなり自然消滅というのもありました(マジです)。つまり、そんなことしなくても問題なく営業は出来るし、理解してなくてもいいものは出せるという結果となったのです。これはこれで別の問題がありそうですが。

 

正社員がずらり揃ったエリート集団部署ならともかく、アルバイトやパートに頼っている職場ではこんなものは何の役にも立ちません。厳しい事を言うと自分の生活以外に関心はないのですから。つまり言いたいのは、

唱和によって全社員が一つにまとまるなんて事はあり得ないのです。

 

 理念は会社にとっては必要不可欠。そして働く者の道しるべとなってくれます。

それはそれで山のようにどっしり構えているだけでいいのです。

 その中のたった一つだけ、一番大事なことをわかりやすく』教えてくれたらそれでいいのです。

 というのが僕の思うところです。

 

気持ちの入っていない朗読時間を設けるくらいなら、上長がひとり、仕事に対する熱い思いをスタッフに伝える時間として使う方が余程有意義だと思うのです。

 わざわざ『理念の唱和』という形で山から降りて来てくれなくてもいいです。帰って下さい。

 

 全員が簡単に理解できて、自分の行動に反映してると実感できる事が重要なのです。

 

 

さぁ、明日も唱和するぞ〜。

 

 

行動する事で未來は変わる? バタフライ効果

なるがです。

 

行きたかった?!知人のお店にやっと行って来れました!

絶対行くから!と言いながらオープンからすでに1年半…僕の悪い癖で中々行動に移さなかったのですが、この前行くと言った手前、半強制的に行く事にしました。

 

narugapapa.hatenablog.com

さすがにもう呆れられてるだろなぁと思いながら、敢えて連絡は入れずいきなり訪問する事に。もちろん手土産持参で。

 

知人の彼はイタリアンレストランのオーナーシェフです。こじんまりとしたお店ですがお客様からは大変好評だと聞いています。今回はランチで利用させてもらいました。

お店の前に到着!約1年半ぶりの再会です。

 

ドアを開けるとオープンキッチンの調理場の中から「いらっしゃいませ!」とせわしなく動きながら作業する彼の姿が。その瞬間、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でピタッと動きが止まり、僕の顔を凝視。

一瞬誰か分からなかったそうだ(笑)

オープンから1年半も経てばいい意味で店内の味も出ているし、場数も踏んできて慣れた自然体な感じです。

(これは脂の乗り切っている一番いい時期に来たな!)と都合良く解釈しておりました。

 

かなり遅れての訪問に多少皮肉混じりもありましたが、とても喜んでくれ、なんと驚いた事につい最近僕の話題になっていたというのです。「まだ来ない」と。

そしてカウンターに座るや否や、いきなり写メを取られ何処かに送信されてました。「やっと来た」と。

 

ランチも1時過ぎに訪問したのでピークも落ち着いており、ゆっくりカウンター越しに会話することが出来ました。料理も他のお客さんの合間をぬって出てきます。

こんな時は大抵いいものを出してくれます(笑)

前菜、パン、パスタ、メイン、ドルチェ、コーヒーで¥3000!内容を考えるとかなりディスカウントされていると思いますが、通常メニューもこんな感じでやっていると言ってました。

 

内容うろ覚えですが

前菜・・イタリア産モッツァレラとサンダニエーレ産生ハム 旬の新鮮野菜 

パン・・自家製フォカッチャ

パスタ・・イカ墨を練りこんだ自家製タリオリーニ 水蛸と浅蜊 

メイン・・蝦夷鹿のロースト 温野菜 

ドルチェ・・ゴルゴンゾーラのアイスクリームとラ・フランス

 

この内容で¥3000は安すぎ~!かなり頑張ってくれた模様です・・・恐縮。

 

ランチが終わって、ディナーまでのアイドルタイムに時間を作ってくれ、しばし会話。いつもほぼ一人で仕事しているため、こうして会話出来ることが本当に楽しいと言います。オーナーシェフは自由でもあり孤独でもあるので、意外に結構ストレスたまりますよ!とも言ってました。

そして今日こうして来てくれてかなりリフレッシュ出来ました!と感謝?までされてしまいました。

僕自身も久しぶりの再会と美味しい料理、楽しい会話、と有意義な時間を過ごさせてもらい、もっと早くに来るんだったと反省、少し後悔です。

 

最近外の人間とのつながりが全く無かった僕ですが、今日の訪問で切れかけてたつながりがまた繋がったような気がします。会話の中に出てきたいろんな人達の近況も聞けましたし、得たものは本当に大きいなと感じた次第です。

年末に忘年会をやる事にもなり、懐かしいメンツが集まります。これも今日行かなければ実現しなかった事。

 

行動を起こすという事は何かしらの動きが必ずあります。そしてもうひとつ、見えない部分での動きがあるという事です。今は直接関係しなくとも、後になって関わって来るのです。

具体的に説明するのは難しいですが、『北京で蝶が羽ばたくと1か月後にニューヨークで嵐が起こる』みたいな感じですかね。バタフライ効果です。

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ほんのささいな事が、起こった場合と何も起こらなかった場合、そのわずかの差が未来にとてつもなく大きな変化をもたらす事を表しています。

今回の訪問という行動によって、僕の知らないところで何かが動き出しているかも知れません。

 

『行動しないという行動』もあると言いたくなりますが、それは屁理屈みたいなもんですので、あくまで前向きな行動にフォーカスしていくのがいいと思います。

 

迷ったら行動!きっと何かいい動きがあるはずです。

 

ではまた。

 

 

 

 

ギックリ腰の前兆を察知したので鍼初体験してきました

なるがです。

 

先日、人生初の鍼をしました。身体にいっぱい刺されるあのやつです。

鍼とは・・

身体の特定の点を刺激するために専用の鍼を生体に刺入または接触する治療法

とあります。

僕は過去にギックリ腰を2回やってますが、1度目は急激な動きでガツンと。

2度目は腰の違和感を放置した後で。なんか腰に違和感があるな〜と思いながら、特に何もせずそのまま寝たら、翌朝起き上がる事が出来なかったという…恐ろしや。

 

ギックリ腰とはマジで恐ろしいヤツです。

目の前にある物が取りたくても取れないのです。大げさではなく、マジです!(しつこい)

当然動けないので寝たきりになり、ギックリ腰の大変さを思い知りました。

 

 今回もその嫌な違和感が発動したため、爆発前に何とかせねば!という思いで鍼治療に辿り着いたのです。

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鍼ってなにするん? 

ネットで検索するとたくさん出てきます。気になる鍼灸(しんきゅう)院を片っ端から調べます。驚いたのが、うまくいけば『一発で治る可能性もある』事らしいのです。そんな馬鹿な!そして、完治とまではいかずとも、『かなり症状が緩和する』、とあります。

うーむ、可能性もあると言う事だから、これはやってみる価値あるかもしれない。

気になった鍼灸院を予約していざ出陣です!

 

 ・・・ついに来ました。意を決して中へ入ります。(大げさ)

 

壁にはこんな感じで施術しますよ〜と、ぷすぷすと何十本も刺さった写真が掲示されてます。

こ、こわい…。

来たことをちょっと後悔しつつ、あきらめます。

 

 

施術開始。問診、触診等行い、ベッドにうつぶせになります。今回は腰なのでシャツをまくり患部を出します。うつぶせの為、先生が何をしているか全く分かりません。恐怖。カチャカチャと道具を取り出している音しか聞こえません。

唐突に、

「いきますね」と言われます。意識は緊張のあまり腰にしかいきません。

と思ったら

プツッ、トントン、キュン!

クリクリ、キュンキュンギュン!!おふっ!

何やら訳の分からない擬音が出てますが、なんとなくお分かりかと思います。

 

プツッ・・・鍼が皮膚を貫通した音

トントン・・・鍼管(しんかん:鍼を刺すときの筒状の道具)をたたく音?

キュン!・・・鍼が筋肉に到達して身体が反応した音

クリクリ・・・鍼を筋深部まで潜り込ませている音

キュンキュンギュン!・・・神経到達??の瞬間

おふっ!・・・ギュイン!とクる感覚で思わず出る声

 

患部にもよると思いますが、僕は15~20本くらい刺されました。先生の手つきが早いのであっという間でした。こっている部位程、おふっ!となるそうです。確かに。

 

この感覚は『響き』とか『得気:とっき』と呼ばれ、これがないと効果は得られないそうです。

硬くなった筋肉に鍼がしっかり刺さっている状態なので、失敗しているわけではありません。僕は初めてだったので「奥まで行き過ぎじゃぼけ~!」と心の中で叫んでおりました。

鍼は表面にぷすぷす刺して軽く刺激するものだと思ってたら大違いでした。(笑)奥までズッポリやられます。

筋肉は骨に何層にも重なり合ってへばりついており、その束ごとに役割が完結しているそうです。ですのでその狙った筋肉の束めがけて刺さないと効果がないらしいです。

深い部分の筋肉に到達させるために7~8cmも刺入することもあるそうです。

こ、コワすぎんだろ・・。

 

ここから鍼が刺さったまま約15分ほど放置プレイされます。

腰のあたりがジワーッと熱くなってきました。そりゃそうだ、身体にとって異物がぶっ刺さってるんだから。

鍼が刺さると筋肉は一瞬収縮したのち、緩みます。放置プレイする事でゆっくり筋肉が柔らかくなり、血流も良くなり、結果ジワーッと温かくなってくるんだそうです。

 

 ん~このまったりとした放置時間もいいですね~。部屋もぽかぽかで快適だし。刺さっている痛さは全くありません。

 

時間経過後、先生が「抜きます」と言ってスポスポ抜いていきます。何本か深い刺入部分であろう鍼を抜くときに『うっ!』となります。

抜いたあと起き上がり、ゆっくり身体を前後左右に動かしてみて様子見をします。

「どうですか?」

「ん~あんまり変化ないような・・・。」

「じゃあもう一回打ちますね」

「え?もう一回?」

今度は患部にピンポイントで打ちますと言われ、今度は横向けに寝ます。

硬くなった筋肉に次々と鍼を打ち込んでいきます。

「ギャー!!!」とは言ってませんが、これはきつい!おもわず

「これきついです。ちょっと無理っぽいです!」と言ったほどです。

硬くなっている凝った筋肉ほど痛いそうです。これがないと効果がないのだから我慢我慢だ。

・・・ふう、ようやく放置タイムだ。我慢したぶん脱力感がすごいわ。

 

10分ほどで先生が戻ってきて抜きます。『うっ!』となります。抜いてまたしばらく放置タイムです。

腰のまわりが熱く、鍼がまだ刺さっているような感覚です。しかしズキズキした痛みなどは皆無です。

 

起き上がり、身体を前後左右にゆっくり動かします。

「お?嫌な痛みが少なくなってる?」鍼を刺したことによる麻痺?なのかな?と思いつつも、身体はさっきより確実に楽になっています。

 

「2~3日すればもっと効果が分かるようになってきます」と先生は言ってました。

 

そして施術から2日目。かなりいい!歩いた時ビキビキくる痛みが取れてる。

鍼か~、こりゃやって大正解だったな!これが正直な感想です。でもキュンキュンくる痛み?感覚はガマンしなくてはいけません。でも本当はもう行きたくないです。

 

しかし症状が軽くなったからと言って安心してはいけません。一家の大黒柱として、倒れるわけにはいかないのです。腰の爆発を食い止められて良かったです~。

 

鍼にはいろんな効能があるみたいで多岐にわたっています。今回初めて鍼を受けましたが、僕のまわりはだれも受けた事無いと言っていました。もっとメジャーな治療法になってもいいのでは?とも感じます。

鍼灸師の腕にもよると思いますが、ともかく鍼治療はかなりおすすめできます。

 

僕らが普段病院で受ける治療にはない、東洋医学の神秘に少しだけ触れたような気がしました!

 

 

ではまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

人が行動を起こすのはポジティブ思考ではなく、ネガティブ思考だ

なるがです。

 

最近めっきり寒くなって、布団からなかなか出られない季節になりました。この心地良いまどろみの中でずっとこうしていたい…。

とは言っても休日ではないので頑張って起きるのですが、小学生の娘は毎朝こんな感じでまどろみっぱなしなのです。学校はどうするん!?てな具合に。

 

当然朝から妻はカリカリ、火の粉がなぜか僕にまで飛び火。起こしに行っても

「分かった分かった!起きるから!」の一点張り。しかも何故か逆ギレ。生意気盛りの年頃です。「そこに居たら余計起きられへんし!」と意味の分からない事まで言ってまだ寝ようとする。

結局無理やり起こして何とか集団登校ギリに間に合わせるのですが、毎日こんな調子では先が思いやられます…。なんとかならんもんですかね。

 

出来れば無理やりたたき起こしたり、大声を出したりしたくはありません。妻にとっても子供にとってもストレスだろうし、お互いにそう思っているはずです。

自分で起きてくれる事が望みですので、どうしたら起きれるようになるのか模索中です。

 

まず、起きられない原因を考えてみます。

  • 夜更かしによる睡眠不足
  • 目覚ましアラームをかけていない
  • 学校に行きたくない
  • ま、いっか。という諦め?

 遠足や楽しいことならスパッと起きるのに、普段の起床が出来ません。

となると、前の晩からの意識付けが重要なのかな?

 

 起きるために何をしておくか

  • 枕に話しかける(これはマジで効く)←大丈夫?
  • 目覚ましアラームセット
  • 楽しいことを用意しとく
  • 寝る前のストレッチなどで熟睡を促す
  • 寝坊は良くないことだ、と諭すw

 

そして、朝しっかり起きれる事で

  • 『早起きは三文の徳』
  • 『心にゆとりがもてる』
  • 『いい頃合いに頭が働き出す』

などなどいい事づくしな事を教える。

 

朝活とやらも推奨されていますし、朝が持つパワーはやはり凄いのです。確かに早起きは気持ちいいですもんね。

 

しかーし、娘に諭すように言ったところで馬の耳に念仏。小学生にとって三文ばかりのはした金などどうでもよい事なのでありました。

かく言う僕自身も、余程の気合いがなければ朝活等を習慣化することはとても難しいと感じます。せいぜい三日坊主が関の山です(笑)

 

 朝活などポジティブな思考は一見すると『なるほど!』と前向きな気持ちになります。

実際に成功者はポジティブ思考な人が多いですし、バイタリティがあって、何事にも熱い。そしてやはり行動力が突き抜けています。その行動力を僕にも分けてもらいたいですほんと。

 

でもほとんどの人は『朝は出来るだけギリギリまで寝ていたい』のでは?(僕がそうです)

朝こそがすべて!と、さも最強かの如く書いてあったりするので一応やってみるのですが、全然続かなくてむしろストレスでしかなくなりました。

性格にも関係しているのかもしれませんね。(言い訳)

 

 

一方、ネガティブな思考とはどうなんだろ?

 朝起きれない事で自分に不利に働く事=ネガティブ と捉えてみます。

  • 怒られる
  • ご飯を食べる時間がない
  • 走らなければならない
  • 遅刻する
  • みんなからの白い目

ん~、こっちの方が起きる動機になりやすいと思いませんか。

僕でしたら『心にゆとりを持てる』から起きようとは思わないですし、『始業時間にあわせて最高の状態で迎える』ために起きようなどサラとも思いません。(威張って言うことでもないが)

 

 

つまり、人を突き動かすのは負の感情でしかない。嫌な事態を回避したいと思う感情によって行動しているのだと言えます。

遅刻して上司にどやされる、仲間に迷惑をかける、などの事態を回避したい為に渋々起きるのです。

そしてこの瞬間の『起きよう』というその選択が、ネガティブからポジティブに変換されます。

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ネガティブを嫌だと思わなければそれは変換されずドツボにはまるだけです。面倒だ、バックレようの思考です。

 

 

これはいろんな場面で見て取れます。例えば自分が嫌だなぁと思うことは?

家だと

  • トイレのドア開けっ放し
  • 部屋の散らかり
  • 車の汚れ
  • 今月も赤字

などなど….。

もし、トイレのドアが無かったら、まる見えになりますから嫌だなぁと思いますよね。

まさか『解放感が最高!』『もっと見て欲しい』とはならないはずです。最中に目が合おうものならとんでもなく気まずいです。特に大きい時は。

まる見えが嫌だから『閉めて安心したい』というポジティブな行動を取ります。取らなければただの変態です。(例がおかしいわ)

 

人が行動を起こすのは快楽が最も強い動機ですが、その根っこには負の感情が隠れているのです。

 

 僕は電車通勤なのですが、絶対座りたいので何としてもその定刻の電車に間に合わせます。

これも、『座れなかったら嫌だ』という負の感情が先行しています。しかし、ここで諦めてしまうと座れません。やはり変換作業が必要なのです。

 

 で、結局娘がどうしたら起きれる様になるのか?

答え=分かりません(なんじゃそりゃ)

結局は 自分の中で変換作業をやっていくしかないのでしょう。これからも声掛けは続けますが、甘やかす事なく今は長い目で見守って行く事にします。

 

駄文失礼致しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友達がいない事について考えてみた

なるがです。

 

田舎から出て来て早20数年経ちますが、現在まで友達という存在がいません。

というのも、仕事を通じて仲良くなる事はあれど、どこかへ遊びに行ったり、悩みを打ち明けたりと言った、親しい付き合いがないのです。

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まだ独身の頃はそうでもなかったのですが、いつからなんだろう、気付いたら周りには誰も居なくなってて、それからは友達の作り方を忘れてしまったように思います…。

 

結婚して家庭を持ってはいますが、近所づきあいも積極的になれず(挨拶はします)、妻からの、「たまには友達と遊んで来たら?」の声にも耳を貸さず(居ないから)。

 

一度ママ友の集まりにそれぞれの旦那込みで参加した(連れていかれた)事があるのですが、もう帰りたくて仕方なかったです。すでに出来上がっている所に新規で入ったのも僕には苦痛でした。

よくご近所同士でワイワイしてるのを見かけますが、みんなスゲーな!と感心します。

僕はどうもそういうのは苦手なんですよね…。どうやったらそんな関係になれるんだろう?といつも思ってしまいます。

 

といいつつも全く友達が居ない訳ではなく、年月が経つにつれどんどん少なくなっているからそう思うだけであって、友達の作り方を忘れたなんてのは言い訳に過ぎないと自分でも良く分かっておるのです。

でも普通この歳なら増えているはずなんだけどな・・。

そこで、なんでこうなったのかを考えてみました。

 

まず、僕のダメな部分は、

連絡しない

という事です。

 

そりゃ友達なぞ出来るわけないわな。

 

また会おうな!と言って

会わない

また絶対いくから!と言って

行かない

メールするから!と言って

しない

 

何故⁈

なんでなんですかね。

何か面倒になってしまうんですよね〜。

ま、いっか。

そんで、こんなんじゃダメだよな〜と思いながら、しない。

 

こうして軽く見直してみても相当だらしないな、おい。

 

 

過去に街中で偶然後輩に出くわした事があって、その時、「なんで連絡してくれないんすか!やっぱ相変わらずですね!」と皮肉られた事があります。6年ぶりでしたから…。

現在も、知人がお店オープンしたというのに、未だに顔すら出してない…いろいろと理由を付けては後回し後回しにしている…という。

 

なので友達がいないのは当たり前ちゃー当たり前なのです。自業自得です。

 

でもそんな簡単な事すらもしないなんて、僕自身少しおかしいのではないか?と思ったりもします。 

基本的にひとりで居ても全然平気なので、全く苦ではないところがまた痛い。

いやいや、自分の事しか考えてなさすぎでしょ。

 

 ブログ4か月目入ったけど

何故こんなどうでもいい記事を書いているのかというと、このブログでもそれが遺憾なく発揮されているのです。

 

7月3日にブログを立ち上げて、丸4か月目!毎日更新は無理ですが、投げ出さずに良く続いてるなと。

ほとんど、否、ほぼ独り言ですが。

これを書きながらも、すでに独り言と化していくのが目に見えるようです笑

 

4か月の時点での状態

  • 記事数36
  • 読者3人(2人?)
  • 一日のアクセス平均1.5(今日は8!過去最高ヤッター)
  • アクセス総計187
  • 特記事項なし

 

いつも他のブロガーの皆さんを見てたらすごいな~って思います。

 

でも自分から読者登録したり、コメント残したり、何もアクション起こしてないので、当然の結果といえばそうなんだと思います。

それ以前に記事自体が面白くないのもありますが(笑)

 

でも来ていただいて、読んでくれた(はず)方もいる事は本当にありがたいことです。

何もお返ししておりませんが・・・。

 

今の自分と全く同じですね。

 

自分から行動を起こさないと何も得られない。

友達に限らず、欲しいものは待ってても来ない。

行動を起こす事で欲しいものはやって来る。

 

まったく説得力のない僕が言うのもアレなんですが。

 

とりあえず今度知人のお店にお土産持って行ってみるべ~…と言いつつ行かない。

様にならないようにしたいと思います!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伯父からの最後の贈り物

5日前、伯父が亡くなった。

 

教えてくれたのが2日後だったので通夜には間に合わないが、葬式には参列出来る。

しかし遠く離れているので、両親からは無理して来なくてもいいと言う。だけど何かモヤモヤする。

正直、交通費も馬鹿にならないし、家族での予定も入っている…。うーむ、どうしたものか。

 

こんな時は心の声に従うのが一番だと、自分で納得させるように聴いてみる。

 

…よし、行こう!

 

しかし、子供たちが楽しみにしていたUSJに行く予定を蹴ってまで行かなあかんのか?

それに大人になってからは殆ど会っていない。

 

だが子供の頃から良く気に掛けてくれて世話になった方だ。

僕にとっては究極の選択にも思えた。

 

恐る恐る(笑)妻に聞いてみる…。

「悪いけどやっぱり行く事にしたんやけど…」

すると、

 「ええよ。自分が行きたいと思ったのならそうしたらいいし、別に悪い事なんかないで」

 

なんとも意外な返答に拍子抜けしそうだった。

てっきりブーイングの嵐かと思いきや、子供らもスンナリ受け入れてくれた。

 

このひと言は本当に有り難かった。

まさに背中を押されるとはこう言う事なんだな。

これで心置きなく向かう事が出来る。

きっとこの借りは返すからと約束する。

 

ここで新たな情報が入った。

お寺さんの都合で1日延期となったのだ。

つまり、通夜から参列する事が出来る。なんという幸運。

これはきっと伯父が『待ってるぞ』と言ってるんだと思った。

 

伯父は83歳で亡くなったのだが、自分もこの歳になると死というものに関わる事が多くなってくる。これからもっと増えてくる事は決まっている事なのだ。

死は人間である以上避けて通れない道なのだが、せめて歳の順番に死を迎えられたら、と思わずにいられない。

 

なので両親より先に逝ってはならない。というのが僕の持論でもある。

 

そうは言っても、いつ死ぬかなど分かる訳がないのだが、こうして順番に送り出していくことがきっと自然な流れなんだろうな。

みんなでお別れをして、さよならする。ただこれだけの事なのに、もう二度と会えないと思うといろんな感情が湧き上がってくる。

ここに眠っているだけなのに、動かないのが信じられない。

 

みんな「ありがとう、ありがとう」と言って泣いている。

こうして泣いてくれる事は伯父もきっと嬉しいだろうな。

僕がいつか死んだときもこうして見送られたいものだ。

 

僕が生まれた時、僕は泣いて、まわりは笑っていた。

僕が死んだ時、まわりは泣いて、僕は笑っていた。そんな一生を送りたいと思う。

 

 

 

行くかどうか迷っていたけど、行って良かったと心底思う。

最後に顔を見てお別れ出来たことで、この場面が一生心の中に残るからだ。

 

そして、通夜から葬儀までの流れ、久しく会っていない親戚との交流もできた。今後やって来る親の死との向き合い方、兄弟姉妹との連携など、離れていれば分からない事だらけの事も改めて考えさせられた。

 

いろいろ考えながら帰途に就いた。そういえば妻と子供ら3人でのUSJは楽しめたんだろうか。ずっと楽しみにしてたから、やっぱり悪い事したな~という気持ちが拭えない。

 

しかし家に帰ってから聞いてみると、行ったのは行ったのだが、台風で雨風がひどすぎて結局入らずに帰ってきたと言う。

チケットも使わず仕舞い。ということで今度ちゃんと4人で行けることになった。

伯父の所に行かなかったらたぶん後悔しか無かったと思う。

 

心の声を聴いて、パッと浮かんだ事はたぶん信用に値するものだと強く思う。

今はそれが正解か判らずとも、最終的には正解に導いてくれる。そんな風に思う。

ヒラメキは信用していい。

 

最後になかなか粋な計らいしてくれたな、伯父さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年8月 九州一周 バイクツーリング記 最終回

なるがです。

 

この旅もついに5日目を迎え、最終日となります。この5日目朝の時点ではまだ熊本にもたどり着けていません。これから長崎へ向けて走るのですが、このままだと時間オーバーの可能性が。少し焦りが出てきました。

長崎観光もそこそこに、一刻も早く帰途に就かねば・・という思いしか無かったように思います。

こんな時はやはり計画の大事さを痛感させられます。行き当たりばったりの結果が招いたこの事態は自業自得とも言えます。気が付いた時にはもうアップアップになっていました。

それでも目的だけは何としても達成させようと思います。

 

 

 

8月29日 最終日

現在午前4:00を回ったところ。

野宿しているここ宮原SAでは、超浅い眠りを繰り返してなかなか寝付けないでいる。

深い眠りに入ろうとすると、車の音で意識が戻されるといった具合だ。

これはたまらん。

 

 

結局明るくなるとともに車の量も増えてきて、起きざるを得ない状況になった。5:30頃だったか。とてもじゃないが寝ていられる環境ではない。

トイレへ行き顔を洗い、歯を磨く。シャキッとするはずなのに全くしない。頭がぼーっとしてなかなか起きてくれないのだ。睡眠不足は大・大・大問題だ。

 

コーヒーを飲みながら今日一日の流れをイメージしてみる。

答え…時間なさすぎやろ!

今日は長崎の原爆資料館平和公園に行き、せっかくなので長崎観光もと思っていたが、どうやらその時間は取れそうもない。

とにかく時短!という事で、長崎へのショートカットとしてフェリーを使用することにした。有明フェリー長州港多比良港というラインがあったのでそれに乗ることに決定。

宮原SAを出発、少し走って菊水ICで降りる。

 

8:30 多比良港行きの船がやってきた。

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フェリー料金¥840なり。やっぱフェリーはいいね。

 

雲仙瑞穂町のローソンで朝飯。Hさんが好んで飲んでいた『まろ茶』を買った。

国道251号~57号長崎バイパスで市内へと向かう。

 

 

長崎原爆資料館

1945年8月9日午前11時2分、長崎の空に噴き上がる巨大なきのこ雲。

なにが起きたのか、その時人々はどうなってしまったのかをここでは知ることができます。

nagasakipeace.jp

 

平和祈念像の前で。

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高く掲げた右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和を意味し、軽く閉じた目は原爆犠牲者の冥福を祈っているそうです。

 

一瞬のうちに大勢の命を奪ってしまった原子爆弾の脅威は計り知れない。戦争とはこういう事も正当化してしまう恐ろしさがある。

戦争によるむごたらしい場面も目をそらさず、僕たちは直視しなければいけないと思う。

 

帰途に就く

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帰途に就く前のワンショット。13:15頃。今から、ここから大阪まで走るのだ!ひ~!

地図を見て現在地と大阪までの距離を見ると吐き気がする。

今日中には帰らなければ明日の仕事に間に合わない。

この時点で九州ツーリングは終わったも同然。

完璧に仕事モードに入ってしまっている。

 

景色を楽しむ余裕もなく、ひたすら大阪へ向けて走るのみ!

唯一、関門海峡大橋を通った時だけは楽しかった。

スピードを出すととんでもなく疲れるので100km/hが限界。休み休み行くので時間もかかる。他の人達なら苦にならない距離なんだろうけど、のんびり派にはまるで、ひたすら耐えるマラソンのようにも感じられた。

 

日付も変わり30日午前2:39。無事大阪に到着。しんどーい!!時間かかり過ぎだろ!一体何をしてたらこんな時間になるんだろうか。全く分からない。

しかもあと5時間ほどで仕事へ向かわねばならないという・・・オエッ!吐きそう。

最後はバタバタの状態で余韻に浸る間もなく、波乱万丈だった5日間の九州一周ツーリングは幕を閉じた。

 

あとがき

Hさんとの出会いが今回のツーリングの大きな収穫でした。旅は邂逅(思いがけなく会うこと・めぐりあい)と何かで読みましたが、まさにそんな旅だったように思います。

そして念願だった知覧特攻平和会館に行けたこと、長崎原爆資料館平和公園に行けたこと。目的を達成できて本当に満足のいく旅だったと思います。

九州の自然とスケールの大きさも体感できましたし、まだまだ見たい、知りたい事はたくさんあります。

 

・・それをこじらせて翌2002年、同じ時期に再度九州一周を敢行します。期間は9日間!

(また書くんかい)

自分の為に書いてるからいいのだ~忘れたくないからこうして残るように書いておる訳です。これが消えたら元も子もないんだけど。

 

九州一周ツーリング記 

おわり

九州一周ツーリング記 2 に続く笑